榛地和装本6

 藤田三男さんは河出書房の編集者ですが、「榛地和装本」で取り上げれている
本に馴染みのないものが多くて驚きです。特に人気のあった作家のものは遠ざけて
いたせいもあって、そういう本があったなというくらいのものです。
 本日に話題とする本は、河出書房がてがけた個人全集です。
「 後年、『評伝 高橋和巳』を著した川西さんの、氏への敬意と関心の深さは
ほかに例をみない程のものだ。・・・『高橋和巳全集』は、川西さんが全力を傾けて
校訂・編集にあたったもので、このことを言う人は少ないが、個人全集としては、
河出に類のない意の尽くしたものだと思う。
 題簽を恩師吉川幸次郎氏にお願いするために、当時社長の佐藤皓三さんと京都へ
出向いた。・・
 吉川氏は、題簽を快く引き受けてくれた。中国の高貴な色とされる黄檗色の紙に、
黒(スミ)で題字だけを入れた。この装本は、杉浦康平さんを尊敬する川西さんには
当然ながら気にいらない風で、彼は憮然としていた。
『全集』の編集は、岡村貴千次郎さんが当った。この徹底した完璧主義者の編集者
(こういう人は少なくなった。)は、河出の三奇人の一人である。飯田貴司さん、
龍円正憲さん(現集英社出版部長)がそれだが、河出にはよくもまあ、こう妙な
連中を集めたものだというくらい個性の強い編集者が多かった。」

 河出書房の編集者について書かれた本というのは、どのくらいあるのでしょう。
平凡社であれば嵐山光三郎がいて、社内の変人について小説に残してくれている
のですが、河出についてはそういうことをしてくれた人はいないようです。
岡村貴千次郎さんという名前も初めて目にしました。
「 岡村さんの仕事して、特筆すべき個人全集に『日夏耿之介全集』全八巻がある。
装本は、装画・長谷川潔、ブックデザイン 杉浦康平の両氏で、戦後出版史上、最上
の美本の一つといってよいと思う。・・この全集は井村君恵さんが中心になり、若き
日の池澤夏樹さんが、社へ日参して編集に当たった。池澤さんは父君福永武彦さん
ゆずりの編集好きの青年であった。
 装本も見事だが、その本文校訂、校異の精緻なことも特筆すべきものだ。のちに
その校訂で評価の高い筑摩書房版『校本宮澤賢治全集』が、この全集の校異を範と
したことを記録している。」
 杉浦康平氏の黒い装幀の個人全集では埴谷雄高さんのものなどが思い浮かびますが、
河出の「日夏全集」は、杉浦さんの黒シリーズの傑作でしょう。大型本で、高価で
あり、ほとんど店頭でみかけることはなかったのでありますが、全集の雰囲気からも
高踏派という感じが伝わってきました。
 まだ学生のころでしょうか、「虚無への供物」の登場人物が日夏訳の「大鴉」に
ついて言及するために、この詩人の名前が刷り込まれました。
ちょうどその頃に、全集が刊行されることになったので、これの内容見本を請求して
いただきましたが、これまで小生が手にした内容見本の、これがベストでありま
しょう。( 内容見本を保存している大きな袋をあさってみたのですが、この見本が
見当たらず、はてどこにしまったろうかです。)
 それにしても、この全集の編集スタッフに若き日の池澤夏樹がいたとは知りません
でした。