本作りの苦労

 湯川書房 湯川成一さんの出版作業にともなうご苦労というのは、ほとんどお金に
からむことではなかったでしょうか。大手の出版社であれば、編集者は企画が通れば、
そのあとは営業なりも参加した会議でコスト計算をして本を作っていくことになるので
ありますが、とにかく自分の納得する本を刊行していこうとしますと、どうしても
コストがかさみますので、それを価格に転嫁しますと、大変高価なものとなって、結果
として投じた資金を回収することができないことになります。
 お一人でやっている出版社は、どこも火の車と思われますが、出版予告の広告をだ
して予約をとってから、本がでるまでに何年もかかってしまうなんてことは、べつに
珍しい話ではありません。数年前からでるでるといわれている本が、はたしてでる
ものかと心配されている加藤一雄さんの作品集の例もあります。
通常は予約はとっても、前金をいれたりすることを求めないのですが、前金でももらう
とやっかいになることになります。(昔の全集などでは、一括払い特価なんて売り方が
ありましたです。)
 その最悪の事例は、数年前にあった文庫形式の自費出版引き受け会社の場合でありま
して、あれは会社が倒産した事で、本は出来上がらず、払い込まれた出版代金は返金
されないということが話題となりました。
 この手の話がたくさんとりあげられているのが谷沢永一「紙つぶて」(文芸春秋社
であります。
「 奇妙な予約出版
 大門出版が『芥川龍之介自筆未定稿図譜』三万六千五百円という、とほうもない複製
出版の予約を懸命に募っている。・・中村真一郎が内容案内に手放しの推薦の辞を寄せ
序文も書くというからまあ信用して三月に予約金一万円を送ったところ、それきり何の
音沙汰もなく、本はもちろんまだでない。
 たまりかねて何度も問い合わせたら、五月末にやっと弁解の返事が来た。それによる
と、『鋭意努力中でございますが、何分にも作品に於ける綿密周到な検討と資料収集に
時間をとられ、九月二十日以降まで遅れる見込み』という。つまり予約金をまず集め、
それで芥川原稿を買い集めようという魂胆らしい。・・限定本といえば進んで予約金を
払う従順な愛書家たちをダシにする新商法だ。」1971年