「父の娘」として

 「父の娘」というのは、矢川澄子さんの本のタイトルです。
 とっても偉大な父に溺愛された娘について肖像ですが、この本でとりあげられた
のは、「森茉莉」と「アナイス・ニン」でありました。
 この二人のことを書きながら、矢川澄子さんは、自分のことを語っているので
ありましょう。元版は筑摩書房からでておりましたが、いまは平凡社ライブラリー
はいっていて、容易に入手することができるようになっています。

 矢川澄子さんは、2002年5月29日になくなりました。それから1年後に単行本
未収録エッセイをまとめた「いづくへか」が筑摩書房からでています。
 書名となった「いづくへか」は、与謝野晶子の次の歌によります。
「 いづくへか帰る日近きここちして 
   この世のもののなつかしきころ 
 いづくへか。この十年あまり、わたし自身いく度このうたをつぶやいてみたことか。
つぶやくどころではない。引用も再三に及んでいる。最初に使わせてもらったのは
十年前に出した戯れ唄集のなかのバラードの一節で、<・・晶子>を<・・アリス>と
もじったにすぎないのだが、はたして幾人のひとが気づいてわらってくれたことか。」
 この文章は、83年「ちくま」で発表されたものですが、「兎とよばれた女」が
刊行されたときに書かれたものです。
 澁澤龍彦との結婚を解消してから、その時代のことを文章にできるまでに、相当な
時間を必要としたとありますが、澁澤龍彦と比べると「父の娘」である矢川澄子さんの
ほうがずっと傷つきやすかったようです。