晩熟の人

 こちらが還暦に近くなってきたせいもあって、小説とか批評家の新人と
いわれる人で、自分よりも年長の人を見いだすのが大変になっています。
以前は、自分よりも年下の物書きは軽量級ばかりと小馬鹿にしていたの
ですが、いつのまにか、ほとんどが年下になってあります。
 今年にはいってから90才くらいになって、はじめて作品を発表した
女性のことが話題となりましたが、この人の作品はどのようなものである
のか、その評価については知ることができませんでした。
 ここ20年くらいでマスコミデビューが遅かったというと、なんといっても
須賀敦子さんであります。日本に戻ってからは、大学で教鞭をとるかたわら、
翻訳を行っていたのですが、翻訳作品が刊行されたのは55才のときであり
ました。はじめてのエッセイ集となる「ミラノ霧の風景」を刊行した時には、
なんと60才となっていましたので、そうした意味からは還暦近い人にとって
希望の星であります。
芸術新潮」11月号は、須賀敦子さんの特集を組んでいますが、亡くなった
時が69才でありますからして、活動期間はわずかに10余年で、じっと
地中で世に出るのをまっていて、地上にでると、まもなく死んでしまう
生き物と、その生涯が重なることであります。
 とにかく、ここ数年の文庫本のなかで一番ありがたいのは「須賀敦子全集」
でありまして、特にこの第8巻にある松山巌さんによる年譜は、たいへん
参考になるものです。
 

須賀敦子全集〈第8巻〉 (河出文庫)

須賀敦子全集〈第8巻〉 (河出文庫)