「旅行記について」という文章は、篠田一士さんの「現代イギリス文学」(垂水
書房刊)におさめられているものです。( このあと、この著作は小沢書店から
復刊されたのですが、どちらも古本でしか入手できません。)
「 イギリス文学のもっとも光栄ある部分、たとえばフランス文学の場合には
モラリストのマクシームのような、その文学にのみ許された独自の光栄を
求めるとすれば、さしずめぼくとしては旅行文学を挙げたい。」
イギリスでは、旅行記がたくさん書かれて読まれているのですが、その旅行記には、
・ かって旅行したことがある土地の楽しい追憶をよみがえらせ、その土地に関する
読者の知識をふやしてくれるようなもの。
・ 読者実際にはいったことがないが、いってみたいと思っている土地をえがいた
もの。
・ 行ってみたいとは夢にも思わないような土地を題材にしたもの。
大きくわけると、この三つに分類されるとあります。
「 しかし、近代日本のすぐれた旅行記の大半はヨーロッパ旅行記であり、その
ヨーロッパは異質の文化圏を形づくる先進国であった。日本の旅行者は、旅行者と
いうよりも留学生であった。そしてこの留学生たちは・・見るべきものをみずに、
ただ新しい観念に頭脳を膨張させていたのである。」
この文章の冒頭におかれている旅行記の読書体験にあるのは、日本の作家に
よるものでありました。
「 ぼくが旅行記に魅力を感じるようになったのは、小説のおもしろさや詩の美しさを
知り始めてかなり後のことである。たしか中学の最後の年だったと記憶するが、野上
弥生子氏の『欧米の旅』という上下二巻の新刊書を読み出して、・・・いままで
一度も経験しなかった、ある種の文学的なよろこみをはじめて味わった。」
- 作者: 小島英俊
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最近、新潮新書新刊の「文豪たちの大陸横断鉄道」にも、野上弥生子さんの「欧米の
旅」が取り上げられています。
「 戦前の欧米紀行に於いては、資料的には、野上弥生子に頼るところが大きい。まず
戦前の作家たちも、一般日本人と同じ傾向で東亜旅行圏はよく訪れているが、欧米と
なると、かなり少なくなる。だから欧米の紀行文はそれだけ稀少である。次に、彼女
の『欧米の旅』は全体のボリュームが多く、また視点もあくまでも客観的に書かれて
いる。だからそれだけ旅行史的、鉄道史的資料が豊富に含まれているのだ。」
野上弥生子さんのこの旅行記は、鶴見俊輔さんのハーバードでの学生時代の様子が
ちょっとでてくるということを聞いて、その部分だけを立ち読み(岩波文庫)した記憶
がありますが、旅行史的にも参考になるとのことで、時間的な余裕がありましたら是非
通して読んでみたいものです。