本の運命

 いきつけのブックオフには、ベストセラーととなりあって、この街で創作
活動を行っている地元作家の自費出版となる作品集がならんでいたりします。
姓の五十音順で書棚は整理されているわけですから、有名な作家と、普通の
おじさんが隣り合うのは、充分にありうることです。
 政治家のパーティで販売される著書なども、遠慮なしに売られていたりする
のです、書いた本人は、値段のつけようもなくなった本をどのように眺めるので
ありましょうか。
 小生にしたところで、身内で自費出版をした本が、ブックオフにならぶと
しましたら、これは買わざるを得ないだろうと思いますが、定価の半額といって
も、そのような評価にはならないでしょうから、せいぜいが五百円、普通は
百円ということでいきなり百円棚にならぶことになるのでしょう。

「物故作家の蔵書が出回ったあと、三番目にはいったいなにが古書市にあらわ
れると。物故作家が自分自身のために大切に保存しておいた自分の全著書が
紐に縛られて古書市に並ぶ。
 その物故作家を、彼の仕事を、本気で愛した人間が死ぬと、彼の自蔵自著本は
手放される運命を迎える。もっといえば、たいていは彼の奥さんが死ぬと、彼の
息子や娘たちが父親の自蔵自著本を古書店に担ぎ込む。・・・
 このあいだ、さる古書市の片隅に二十九冊の古本が紐でくくられ放り出されて
いるのを見つけた。一冊のこらず武野藤介さんの著書だった。・・
 武野藤助といってぴんとくる読者があれば、それはまず四十代から上の方
だろう。この作家の活動期は戦中五年間と戦後の十年間だからだ。とくに筆が
冴えたのは、戦後でしまも舞台は実話雑誌が主だった。高校時代に実話雑誌に
熱中していたから師っていたもの、そうでなければ見逃していたところだ。」 
 以上に引用したのは、井上ひさしさんの「本の運命」という文章からです。
これは「本の枕草紙」82年に収録されていますが、井上ひさしさんは、この
紐でくくられた29冊の著作を一括購入するわけですが、この著者に自分の本の
運命を重ねるのでありました。
「 ぼくはひょっとしたら、自分の自蔵自著本の運命を、この紐でくくられた
 本の山から予感しておそろしくなったのかもしれません。そして今は、本なぞ
 一冊もださないか、でなければ、紐で一喝しようとしてもできないほど膨大な
 本をだすか、どっちかだなどと考えています。ちなみに、そのときの本の山は
 29冊で1万円でした。一冊あたり345円ということになります。」
 いまでは古書に値段がつかないことがあったりするようですから、29冊で
1万円とあるのを見ても、けっこう高いではないかと思ったりするのでした。
 この時代であれば、これはどのくらいで販売されることになるのでしょうか。