草思社といえば2

 草思社の創業者である「加瀬昌男」さんのことをウィキペディア検索しましたら、
その略歴がのっていましたです。普通の編集者とも違うよなと思っていましたが、
演劇の畑から編集者となって、その後に出版社をおこしたとありました。
創業にあたっての一冊は小笠原豊樹岩田宏)さんが訳した「ビートルズ詩集」で
あったとのことです。この本が、草思社の最初の一冊でありましたか。この本が
店頭にならんでいた時の事を記憶しているように思います。

 岩田宏さんとのつき合いは、創業時からでありますから、岩田さんという人は、
草思社にとっては特別な人ですね。( 昨日に小笠原豊樹さんと岩田宏さんを併記
しましたら、小笠原豊樹さんについてはリンクがはられ、岩田さんにはリンクが
なしでした。そうかな、どちらからでもリンクしてもいいのにな。)
 この検索記事をみて、加瀬さんが73年からアパレル会社を経営していたことを
しりました。そのブランド名については、まったくしるとことがありませんが、
この会社があったればこそ、出版を続けることができたようであります。
草思社の不採算の代表のような出版物が、岩田宏さんのシリーズであるように
思えます。これらの本をだすには、別会社の利益を投じたのでしょう。
 このシリーズの一作目は、73年にでた「同志たち、ごはんですよ」であります。
粟津潔さんの装幀で、700ページにあとすこしという分厚い単行本です。
当時の売価は2500円でした。
 「同志たち、ごはんですよ」というタイトルがまずはユニークであります。
 岩田宏さんの書くところによれば、次のごとしです。(あとがきからです。)
「 この本の表題に関連して一言。中身をお読みいただければ判明するとおり、
 ある日ある時、ある婦人がそういい、私の記憶に残ったその言葉を、婦人の
 生き方への共感をこめて題名にもちいたのである。」

 この題名につかわれた言葉は、どの文章のなかにあるかといえば、「東欧の
 旅でみた映画」というところにありです。
「 ナホトカ港では、いつ出るか分からぬ貨物船を待たねばならぬ。やっと
 乗り込んだ貨物船では、五人が一つの船室にいれられ、椅子は一脚しかない。
 ベッドは上半身を起こすと頭がつかえるので、しぜん横になってしまう。
 一日四回船室の扉があいて、きびきびした働き者のウエイトレスが顔をだし、 
 『 同志たち、ごはんですよ。』と叫ぶ。食事、睡眠、食事、睡眠、ヒステリ
 気味の論争、日本に着く日の胸算用、これが足かけ四日つづいた。」