草思社といえば

渡り歩き

渡り歩き

 出版社の破綻がいくつか話題になりました。最近、派手にやっていたのは
新風社でありまして、小生が週末にいくスーパーの本屋にも、新風社文庫がならんで
いました。最初こそ、これが文庫になるのかと思うようなものもありましたが、今に
いたるまで一冊も購入することなしで来ています。坪内祐三さんの「文庫本福袋」には、
嵐山光三郎の「口笛の歌がきこえる」について、「この新風社文庫版は、たぶん、初版を
刷りっぱなしにして、そのままだろう。売りっきりだろう。つまり、1年後(いや、
半年後?)には新刊本屋の棚から消えているだろう。だから、できるだけ早いうちに、
この名作を入手しておくべきだ。三度目の文庫化はないと思うから。」(03年12月)
 元版か、新潮文庫ででたものをもっているせいもあって、この文章をみても、あせる
こともなしでありましたが、坪内さんの予言よりも、現実はむごいものでありました。

 同じころに草思社民事再生という記事を眼にしましたが、これは新聞ではなく、
読書関係のブログでのことであったようです。出版社というのは、けっこう名前を
聞いたことがあるところでも企業としては小さなものですから、大きなニュースとは
なりえません。
 しかし、小生にとって草思社というのは、岩田宏小笠原豊樹)の書籍を継続して
刊行していた奇特な版元であります。小生は、このシリーズについては、でるたびに
購入を続けていたのですが、さすがに途中からは読むことができなくなって、何冊か
購入を断念した記憶があります。最後に購入したのは、「渡り歩き」(01年1月刊)で
ありました。たぶん、それからは岩田さんのシリーズはでていないのでしょう。
 「渡り歩き」の巻末には、岩田さんの草思社シリーズのリストがあるのですが、
ほとんど売り切れることもなしで、入手可能であるかのようにのっていました。
( 「社長の不在」という一冊を除いてです。)
 草思社というと、いくつか良く売れたシリーズもあったのですが、その利益を、この
ような地味なシリーズにつっこんでいたのでしょう。この会社の代表は加瀬昌男さんと
ありますので、彼と岩田宏さんの友情が、このような不採算の出版物となったので
しょうか。この「渡り歩き」には、「あるインタビューから」というのが収録されて
いますが、これは「草思社」との対話となっています。

「 あなた方の出版活動について、忌憚のない意見を述べよ?問題だね、これは。
 創業からちょうど30年経ちましたか。スハルトの治世とおんなじだ。辞任要求は
 でないんですか。これは冗談。30年前というと60年代末の学生反乱の時期ですね。
  あの頃の騒ぎにはいろんな要素があったけれども、あれは知的レベルでの反乱だった
 という印象が強いんだね。・・・
  あなた方の出版活動は、例えば反アカデミズムとか、広範な知的好奇心とかいう点で
 そのような一般的傾向にマッチしたかもしれない。でもそれから30年経ってしまって
 現在の読者はもはや30年前の知的反乱の当事者だけではないですよね。まったく別の
 種族が出現している。となると、これは多かれ少なかれ出版社の宿命だと思うんです
 けれども、出版活動は意識的にか無意識的にかそういう現在の種族にそうかたちに
 なるでしょう。・・問題は、もし経済的な理由から本をたくさん売らなければならない
 場合、読者にあわせるという傾向が不可避だということ。だとすれば、出版活動の
 全般的水準が多少低下するのはやむを得ないのではないかな。やむを得ないけれども
 残念だなという感じはありますね。」(初出は98年6月 出版ダイジェスト)