75年読書アンケート

 PR誌「みすず」のアンケートは老舗にふさわしい内容で、回答する
顔ぶれと、とりあげられる本のジャンルの広さのともに他のアンケートを
圧しています。
 いま手元にある76年1月号には、「75年読書アンケート」が掲載
されているのですが、30年ほど前には、このような人たちが健在で、
こうした本をとりあげていたのかと改めてながめるのでした。
 いかに高踏的なアンケートであったとしても、世情の動きは反映されて
いるのでした。
 この時代の長老格の作家、学者さんたちはなにをあげているでしょうか。
アンケートの最初にあったのは、中野重治さんでした。中野さんの4点と
コメントは、次のとおり。

・ 石川淳 「前賢余韻」 岩波
 おもしろさがちょっと説明しにくい。非常に上等の探偵小説、読む方で、
探偵と一つになって考えたり見つけたり合点して行ったりするようになる
なるところ。探偵といったが、コロンボの顔とはちがう。あれは種が
初めから出てしまっている。見ているこっちに、成長ということが生じない。

・ 岡茂雄 「本屋風情」 平凡社
 これも、面白さが説明しにくい。「中年から出版業にたずさわった」著者が
礼儀正しく、歯に衣着せることなく、自然科学者のような誠実さで綴った回想。
ある世界が、上等の裁判記録のように目に見えてくる。こっちが、五分か
七分かでも背が伸びたような気になる。著者が、なぜ職業軍人をやめたのかが
聞きたくなる。
  
・ 栃折久美子 「モロッコ革の本」 ちくま
・ 宮内勇   「ある時代の手記」 河出書房

 この二つについては、そのうち書きたいと思っている。後者は、私にとって
きわめて教訓的である。