私の選んだ文庫

 だれそれが選んだ三冊というのは、現在も毎日新聞読書欄で続いている
シリーズですが、これの楽しみは誰が、誰のどの本をとりあげるかであります。
この二人の組み合わせを、和田誠さんのイラストでいれてコラムとするのですが、
ある程度まとまると、このイラストも含めて単行本となるのでした。
 小生のてもとには「私の選んだ文庫 ベスト3」ハヤカワ文庫というのがあり
ますが、これは毎日新聞の連載を単行本としてから、文庫におさまったものです。
 これには、常盤新平さんが藤沢周平を、種村季弘澁澤龍彦を、富岡多恵子
中勘助の文庫からベスト3を選んでいます。なかには、沼野充義さんが選んだ
ガルシア・マルケスのように代表作である「百年の孤独」が文庫となっていない
ために、なんとなくさびしいラインナップとなっているものもあります。
 この選者は、ほとんどは有名人でありますが、なかで、あれっと思ったのは、
バルバラ・吉田・クラフトさんでありますね。バルバラ吉田さんは、日本文学の
研究家でありますが、ほとんど雑文を書く人ではなかったようですから、これが
発表されたときにはほとんど知られていなかったはずで、その意味からも、ここに
登場させた編集の人はお手柄だとおもうのでした。
 ちなみに、バルバラさんは、宇野千代について書いているのでありました。
(文庫本となったのが97年でありましたから、それからでも10年経過です。)

 バルバラ吉田さんが選んだ三冊の文庫とそれへのコメント(抄)は以下のとおり
であります。

「 ? おはん ?或一人の女の話 ? 残っている話
 宇野千代の文庫本から三冊選ぶなら、まず『おはん』。対象と文体がぴったり
合い、隙間がない。さすがの彼女も二度とは書けなかったような名作である。
 ・・ 宇野が自分の半生を語るのは、これが最初ではない。小説に、随筆に、
 この人は自分の来し方を繰り返し書いてきた。私たち西洋人の文学では
 許されない態度ともいえよう。また同じことを何度も読まされたら退屈である。
  ところが、この場合には違うのだ。ここには、新しい画家が同じモチーフを
 何十回も扱いながら、そのたび新しいコンポジションを発見していくのに似た
 事情がある。
  この繰り返しを重ねながらだんだん明晰なものにするという彼女の力業に
 気がついた読者は、その都度、読書の歓びをあらためて味わう。」

  バルバラ吉田さんが亡くなってから、藤原書店から遺稿集がでたとありますが、
この文集には、このような文章は、収められていないのでしょうね。