なにが幸いするか

 「災い転じて福とする」ということわざがあって、できればそのような
苦労を背負い込まないほうが幸せだと思うのですが、それをきっかけに
まったく違った道を歩みはじめる人がいるのです。
 川本三郎さんの朝日新聞退社というのは、事件に巻き込まれてであります
から、その限りでは災いでありますが、なんとなく川本さんは、この事件が
なくてもいつかは会社をやめてフリーの物書きになったと思うのでした。
当方の受け止めとしては、彼の場合は、「災い転じて福」というのはあたら
ないかです。
 当方が感じる「災い転じて」という人に、久世光彦さんがいます。
ずっと久世さんは、テレビ業界の人でありました。TBSの優れた演出家として
七人の孫」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」ほか、たくさんのドラマを
残していますが、会社つとめをしていた43歳のころに女性問題がスキャンダルと
なって、79年に会社を離れ、それ以降はドラマ制作会社をおこして番組を
発表するとともに、85年くらいから小説や散文を積極的に発表するように
なったのでした。
 亡くなったのは06年3月でありましたが、死後一年たって「久世光彦の世界」が
柏書房から刊行され、文筆家としての久世さんの仕事が概観できるようになり
ました。
 久世さんと女性とのことを、番組のうちあげのときに暴露したのは、樹木希林さん
でした。そのために、久世さんは会社をやめて、久世さんと樹木さんは、その後
ずっと絶好状態となったとありました。樹木さんは、久世さんが、このように
小説家として名前を残すにいたったのは、あのことがあったことで、そうした
ことからは、小説家 久世の生みの親といえるといっていますが、それをいえる
ようになるまで、30年もかかっていたのです。
 最後に福がもたらされるとわかっていても、このような災いを背負い込むことは、
普通の人にはできないことであります。世間にいるほとんどの人は、災いの下に
なってもがいて終わるのでありますからして。