「私々小説」藤枝静男

 先日に話題にした「私小説名作選」のなかに、藤枝静男さんの「私々小説」が
収められています。「私」がふたつも重なるのでありますからして、ほとんど自分の
身の回りで起きた出来事について記したような趣であります。それを「身辺雑記」と
せずに小説として読ませるのが、作家の芸なのでしょう。
 この小説での話題は、肉親の死です。書き出しの一行は、次のようにあります。
「二月四日日曜日に弟の一周忌と母の四十九日の法要をやった。日数から云えば、
 弟のほうはちょうど一年だが母の方は、死後四二日目で七日早すぎた。」
 これを見ますと、藤枝が一年で肉親をお二人なくしていることがわかります。
ご母堂は92歳での逝去で、年に不足はなしですが、お気の毒なのは弟さんの
ほうです。 亡くなったときが56歳となったとのことですが、学生の時、
結核にかかり、喀血したときに、すでに医師となっていた藤枝さんが駆けつけた
のであります。

「『三日まえ喀血した』と微かに笑って云った。そして一番下の引き出しから
 古血で褐色に汚れ丸められた鼻紙の塊を数個だして私に見せた。このとき
 私をほとんど絶望的な落胆と悲哀に突き落としたのは、私の肉親四人を次々と
 結核で奪い・・・」

 結核が死因の一番をしめていた時代には、結核というだけでも「運命の
不合理さ」を感じたとありますが、亡くなったときの病気は「膵臓ガン」が
原因とありました。
 この作品は昭和48年に発表されたものですが、結核からガンに死病が
うつったことを感じさせるとともに、その治療や死後の葬儀についての記述が
たいへんリアルで参考になるのでありました。