本の枕草紙 井上ひさし

 井上ひさしの本についてのエッセイというのは、ちょっと目のつけどころが
かわっていて、たとえば「わたしの一冊の本」ということで、無人島に携行する
一冊の本となると自分でいろいろと書き込みを行った「広辞苑」以外には考える
ことができないという具合であります。本というよりも言葉に気持ちがはいって
いるという感じです。一冊の本に広辞苑を選んだのは、たまたま書き込みする
ための余白が、ほかの辞書よりもひろいからに過ぎないともいっています。
なるほど、そういうものであるか。
 こうした話は、井上ひさしの読書エッセイ「本の枕草紙」にあるのでした。
この本で、一番好きなのは「行きつけの」という本屋についての文章でありますが、
ここでは、井上ひさしが考える「本の十徳」を引用することにしましょう。
どこまでいっても、井上流ではあるのですが。
1 時間つぶし
2 服装をきちんと恰好よくみせるところにある。(本を装身具のひとつにする。)
3 利殖の一方策になる。
4 カバーを外すたのしみ。
5 箱を利用するたのしみ。
6 ズボンなどの押しとしてもちいるたのしみ。
7 帯を外して短冊に切り不審紙として使うたのしみ。
8 一種の家具として飾るたのしみ。
9 とくに辞典類は睡眠薬として有効。
10 数冊の書物をタオルでくるみ枕にすることができる。

 十徳というと、そのむかしにあったいろいろと仕込まれたナイフのことを思うので
ありました。この本についての、井上ひさしの「本の十徳」がかかれたのは、78年の
ことのようですから、いまから30年ほども昔のことですが、すくなくとも箱を利用する
楽しみというのは、最近では味わうことができません。一種の家具として飾るたのしみと
いうのも、最近は、そのような本の買い方、売り方をするひとは少なくなっているように
思うのですが、どうでしょうか。