先生とわたし2(由良君美)

 本日に「新潮」3月号を手にすることができました。
このまちには雑誌は何日か遅れで入荷します。新聞広告で
みてから、店頭にならぶまで雑誌で3日ほどかかります。
週刊誌もどうようでして、東京では水曜日というのが、
こちらでは金曜日にならぶというぐあいです。

 先日も記しましたが、今回の楽しみは四方田犬彦
「先生とわたし」であります。由良君美の著作には、
まずまず親しんでおりますので、けっこうこれは知って
いるぞという話題が続きました。小生がひいきにしている
篠田一士が中心になって編集した「世界批評体系」筑摩
書房刊にたいして、もーれつな批評を朝日ジャーナル
寄せたことを思い出しました。「世界批評体系」を購入して
いたせいもあって、由良さんがこのようにいわなくても
よろしと思いましたが、その背景が、この四方田の文章を
読むと理解できることです。

「 どうして国立大学の薄給でかかる高価な古書を購入で
きるのだろうと、心の中で思っていた。それは、30年が
経過した現在もいまだに謎のままである。」
 由良君美さんの図書購入について、四方田がこのように
かいています。あちこちに雑文を書き散らしている学者さんは
「こどもより大事と思いたい」古書購入のための資金を
稼いでいるにちがいありません。そのむかしには、大地主の
息子とか、米問屋のむすこでフランス文学者(鈴木信太郎
なんて人がいましたが、由良さんは、そのような資産家では
ないようです。(おとうさんもコレクターで、父の援助は
難しかったようですから。) 

 そういえば、永江朗さんの本をみていたときに、これはと
思ったことがありました。たしか永江さんは、洋書出版の
ようなところに勤務していて、このひとには絶対掛け売りを
してはいけないと、上司から強くいわれている学者さんが
イニシャルで登場し、それがYKさんであって、そのときに
これはどうみても由良君美さんとしか思えないのでした。
たんに支払いが遅れるという以上のものを、これに感じたの
ですが、これについての本当のところはわかりません。

「 由良君美は61歳の生涯を閉じた。遺言により葬儀は
行わず、ワーグナーの音楽を3日間流し続けることと、
蔵書は出入りの古書店主に一歳をゆだねることが記されて
あった。最初のものは速やかに実行された。だが、2番目の
ものは実現されなかった。・・その夥しい書物がどうなった
のか、わたしには知る術もない。」 
 
 蔵書一代といわれるが、由良さんは本を処分して整理が
ついたのでありましょうか。