スーパー編集者

 編集者には文章をよくする人が多く、のちに小説家へと転身した
人も枚挙にいとまなしです。
 しかし、編集者というのはやはり黒子でありますから、あまり
存在が表にでてもいけないように感じます。最近の編集者は、
そうした意味からは、すこし露出しすぎているのかもしれません。
自らスーパーエディターを名乗った彼も、最後はぐちゃぐちゃに
なってしまいました。
 安原顕さんがいちばんよかったのは、レコード芸術にコラムを
連載していたときでしょうか。これは72年から83年までの11年も
続いて、筑摩書房から「まだ死ねずにいる文学のために」という
タイトルで単行本になりました。
 晩年に口汚くののしる手法も、ここにはありません。

 「 東峰夫、といっても知らない人が多いとおもうけれど、今から
五年前の昭和46年にオキナワの少年という短編小説で文学界新人賞
受賞し、それが同時にその年の芥川賞にも作家になったといえば、
少しは思い出してくれる人がいるかもしれない。 中略
 その後の東氏をみていると、あの頃であったら沖縄評論家とかなんとかで、
軽薄なマスコミに結構のれることができたはずなのに、氏自身はまったく
そういうことはせず、立川市かなんかにひきこもってしまって小説も
ここ五年間発表しなかっただろう。まあ書けなかったのかもしれない
けどね。ぼくはまず東氏のそういう姿勢に共感して、その後、東峰夫
どうしているのかなと、時々思い出したりしていたもんだから、今度の
五年ぶりの小説を呼んで、しかもそれが傑作であることを知って本当に
嬉しかった。」

 これは、東峰夫の「ちゅらかあぎ」を紹介する文章でありますが、
なかみは、このとおりでまったく問題ないのです。ちょっとひっかかる
のは、安原が、この作品の担当編集者であったことでしょうか。
 小生は、このコラムをよんで「ちゅらかあぎ」を購入して読んで、
それ以降、東峰夫作品は、でるたびに入手しているのですから、
安原には感謝するのですが、一番最初にコラムをみたときに、自分が
てがけた作品をよいしょしているのだと知っていたら、この作品に
すんなりはいることができたろうかな。