先日に買った本

 週末からお天気が続いていまして、庭仕事などもはかがいきました。

 一度くらい本屋(新刊、ブックオフなど)に行きたいものと思っていましたが、

家人の旅行の切符を購入するために駅まで送った時に、近くの本屋に足を踏み入れ

ることができました。

 今月の新刊で気になるものがあったのですが、そのうち文庫を手にすることがで

きました。最近は文庫本の値段も安くはないのでよほどでなくては買うことができ

ないことです。

 とはいうものの、今月の二冊は買うしかないでしょうね。

一冊は中公文庫の新刊でありました。

 亡くなったのは1987年とのことですから、昭和に生まれて昭和に亡くなっ

たデザイナーの絵がいっぱいはいった文庫本です。これの元版は1992年刊で

すから30年前のもの。

 それにしても堀内誠一の人気恐るべしです。帯にはマガジンハウスのデザイン

ワークで知られるとありますが、渋沢の「血と薔薇」もそうでありますね。

カラーのイラストもふんだんに入っていて、これを読むと、旅行に出たくなるこ

とであり。

 もう一冊は、気になる翻訳家によるエッセイ集

 藤本和子さんのエッセイ集はこれまでにも文庫となっているのですが、買ったの

はこれが最初です。

 藤本さんといえば、ブローティガンでありまして、もう何年も前に当方が有名な

作品を読んでいないといったら、これで読みなさいよと送ってもらったことがあっ

たのですが、その小説は、そのあとで文庫化されたにもかかわらず、いまだにうま

く読むことができていない。

 そのたびに、この小説を送ってくれた人に申し訳ない気持ちになったしまい、そ

のせいか翻訳の藤本和子さんにもすまないという感じになるのでした。

この本には、ブローティガンにつながるエッセイはないかな

おもいは「東京の空」

 本日はお天気よろしとなりまして、気温もあがりましたので、午前から庭仕事を

行うことになりです。朝9時過ぎから始めて4時間ほど草取りとバラの花柄摘みで

すが、これをまとめて明日のごみ収集に出すことにです。

 本日は家人がずっと楽しみにしていたエレファントカシマシのライブがある日で

ありまして、本日の日程はそれに合わせたものとなりです。買い物も、夕食もです。

本日のライブに行きたいものと、家人はチケットの申し込みしていましたが、あっ

さりと外れになり、それではと配信の申し込みを行いました。

 当方の本日の役割は、MacbookからHDMIでTVにつないで絵を出して、音声は真

空管アンプを通してちょっと大きなスピーカーから出すことにすることであります。

16時をまわったころから、このアドレスにこのIDとパスワードでログインしてと

せっつかれてちょっと早くに画面を表示してスタンバイすることになりです。

 家人は宮本浩次さんのソロからファンになって、そこからエレカシに遡上したの

でありますが、やはり宮本さんは圧倒的ではあるもののバンドのメンバーであるこ

とを確認するコンサートでありましたですね。

 当方がソロの宮本さんを初めて意識したころに出演したNHKBSのカバーズフェス

で、一緒にでていた寺尾聡さんからバンドを大事にしろよと声をかけられていたの

を目にして、このままソロ活動に専念ということになる可能性もあるのかなと思い

ましたが、本日のバンドの一員としての姿が、本来のものですね。

 それにしても日比谷野音でのライブというのは、ぜいたくでありまして、近々に

長期の改修工事に入る予定ということですから、次のエレカシ野音はあるのかです。

 家人は、本日の配信ライブでなかなか聴くことのできない「東京の空」を生歌を

聴けて良かった、それと「赤いバラ」もよかったなといっております。

 当方は、サポートにキーボードとギターが入っていかにもロックバンドらしい

音の厚みを感じて、これがエレカシなのかと思いました。

 チケットが確保できていましたら、日比谷野音で聴くことになったのでしょうが、

それはまた次の楽しみにということになりますね。まだまだ元気にいなくては。

日比谷野音 エレファントカシマシライブ 配信画面

 本日に話題の「東京の空」は、トランペットの近藤等則さんを迎えてのライブ映像 

を見てみることにいたしましょう。(この動画が11年間で28万回の再生というの

は、少なすぎるのではないかな。どうでもいいのが1000万を超えるというのに。)


www.youtube.com

小笠原豊樹訳 三部作(?)

 昨日に気分転換のためにアンリ・トロワイヤの「クレモ二エール事件」を手に

してみることにしました。読みすすめることができるかなと思ったのですが、

読みやすくて、しかも面白くめでたく最後のページにたどりつくことができました。

 そんなわけで、小笠原豊樹訳 トロワイヤ三部作(装丁が同じで、いかにも連作

のような雰囲気があるものですから、そう記するのですが、もちろん作者がそれを

意図したものではありませんです。)の、次の作品を読んでみることにです。

 アンリ・トロワイヤという作家は、日本では伝記作家として良く知られていま

して、中央公論社などからかなり翻訳がでているのですが、もちろん最初は普通の

小説を書いていた方であります。

 彼の小説作品が読まれなくなって久しいのを惜しんで翻訳に取り組んだのが

小笠原豊樹さんで2000年代に入ってから、草思社から三冊、そのあと小学館

ら一冊のあわせて四冊の翻訳を出しています。

 「サトラップの息子」の帯には、「小説家トロワイヤ、再発見」とありますので、

いかに忘れ去られていたかであります。

 ちょうど今年の春のお彼岸の頃に小学館文庫からでている「仮面の商人」を読ん

でおりましたので、それから半年経過でのトロワイヤ作品であります。(それにし

てもトロワイヤ作品を読むきっかけを作ってくれた「絶版文庫万華鏡」に感謝しな

くてはです。)

vzf12576.hatenablog.com 「クレモニエール事件」のどこがどう面白く感じたのかなと思って、それをつら

つら考えるのですが、日本の高踏フランス文学者からは、「通俗作家、あるいは

大衆作家あるいは娯楽作家に堕した」といわれることになったということですか

ら、まずは仕掛けがあって、すこしペダンチックで、しかも性愛シーンもあると

いうことからは、当方の好きな辻原登さんなどの先行者であるのかもしれません。

 ということで、本日からは「サトラップの息子」で、これは自伝的な雰囲気の

物語とのことです。トロワイヤは1911年にロシアで生まれ、1920年に

フランスに移住したとのことですから、その昔の呼び方でありますと白系ロシア

人ということになりますか。

 

雨のなかお寺へ

 本日はお彼岸の中日でありまして、お寺へといくことになりました。朝から

あいにくの雨でして、お昼近くにはかなり強い降りになって、車での移動であり

ましたが、フロントガラスのワイパーが忙しく動いていました。

 お彼岸でお寺に行く時に雨というのは記憶にあまりないなと思って、昨年の

ことを確認しましたら、昨年は母が亡くなったばかりでありましたので、お寺に

行くことはなしで終わっていました。

 本日からお休みが続くことになりますが、お天気が回復したら庭仕事でありま

すが、明日の午後にはできるかな。

 すこしページを稼ぎたいと思って、ずっと積読になったままになっていた小説

を引っ張り出してきて読むことになりです。

 アンリ・トロワイヤ作品で、小笠原豊樹さんの翻訳です。20年ほど前に草思社

から何冊かシリーズのようにでていたものを安価で購入したものでした。

数ヶ月前に小学館文庫に入っていたトロワイヤ作品を読んで、なるほど面白いと

思ったものですから、それにならって読むことにしたものです。

 とりあえず、本日の作品というのは、次のものです。

 今のところ期待ほどページを稼げてはいないのでありますが、まあそれなりに

前へと進んでいくことができるでありましょう。

父のこと、母のこと

 本日に手にしておりましたのは、図書館から借りている「鶴見俊輔 詩を語る」

であります。この本は鶴見俊輔さんに谷川俊太郎さんと正津勉さんが聞き手になっ

て詩の話などを聞くという体裁になっています。

 初出は「詩の雑誌 midnight press」で2003年のことだそうです。これが刊行

されたのは2022年で鶴見さんの生誕100年を記念したということですから、ずい

ぶんと時間がかかることにです。

 「父のこと、母のこと」という見出しは、この鼎談の部分につけられたものと

なります。

 鶴見さん、谷川さんともに有名な両親を持ったことになるのですが、当方が話題

にしたいのは、谷川さんの母のことでありますね。

 谷川さんの母親は、京都のお生まれで女学生の頃は、京都の大学生たちにもてた

ということで知られているのですが、そのことを当方は、林達夫さんの書いたもの

で知ることになりです。

 谷川さんが母親について語っているところだけを抜き出してつなげてみますと、

次のようになりです。

「母は、もともとは東京生まれなんですけど、すぐに淀に来たから。うちの祖父

長田桃蔵が政友会の代議士で、競馬場をつくるとか奈良電つくるのになんか関係

していたらしんです。住まいは淀城の外堀を使ったすごい屋敷でね。家の中に坂

があるんですよ、上り坂の廊下なんかあるような。うちの母と姉は、なんかその

城の中の美人姉妹で有名だったらしいです。

 常滑の大学生がやって来てたぶらかしたの。でも林達夫さんとか三木清さんと

か、うちの母、けっこう交流があったんです。林達夫さんはすごくたくさんうちの

母に手紙くださっているんですよ。いまだに僕持っているんですけど。

 三木清のラブレターって、うちの母が焼いちゃったんですよね、父と結婚する

時に。」

 これに続いては、この三木清のラブレターが世の中にでたら、そうとうな値段に

なるでしょうなんて話になるのですが、それはおいておくとして、この時の話は、

林達夫さんの「三木清の思い出」の印象深いエピソードとなりです。

 谷川さんが保存していた林達夫さんの手紙はといいますと、林達夫著作集の別巻

となった「書簡」に収録されて日の目を見ることになりました。谷川さんは、母宛

がたくさんあるといってますが、「書簡」に収録のものは父宛のものが多くて、

これに収録されなかったものもあるのかなと思ったりです。

 

急に寒くなり

 先日の台風の影響なのか、あれから朝夕はぐっと寒くなりましたです。これ

まで吹き抜けのホールのところにおいたビューローでパソコン作業をしていたの

ですが、本日はすこし着込まなくては過ごすことができなくなっています。

無理せずに、すこしあったかな居間に場所をかえて作業することにです。

 本日の新聞夕刊を手にしていましたら、津村記久子さんのコラム「となりの

乗客」の書き出しに次のようにありました。

「お中元を包んでいた包装紙でブックカバーを作って、かなり重宝している。折り

目があったりしわが寄ったりしているけれども、ちょうどいい厚さだったのだ。

文庫本と単行本併せて四枚分ある。ブックカバーが手に入ってうれしかったので、

八月はいつもよりよく本を読んだ。」

 包装紙をブックカバーにというのは普通にあることで、たしか金井美恵子さんも

そのようなことをする人のことを書いていたように思います。(たしか、そのために

おしゃれな包装紙を捨てずに取っているというような話でした。)

 当方は、本屋さんで本を買った時にブックカバーはどうしますと聞かれると、いつ

もけっこうですと答えています。ブックカバーをしたままにして積んでおきますと、

なにがなんだかわからなくなりますので、携行したりする時にブックカバーをつけ

るようにしています。薄い本でありましたら、革製のブックカバーをつけたりしま

すが、読むのに何ヶ月もかかるようなものは、包装紙によるブックカバーの出番と

なります。

 ある程度厚手の紙でなくては、すぐによれてしまってだめになってしまいます

ので、包装紙の質とデザインにはこだわることになります。最近に好んでストック

していますのは、大阪の家族がお土産に買ってきてくれるご近所の和菓子屋さんの

包装紙であります。

 このところ手にしている岩波文庫プルーストは、包装紙で作ったブックカバー

をかけているのですが、何ヶ月も手にしていますと、それでもかなりすごいことに

なりです。

 読み初めの本と、読み終わったものを並べてパチリです。プルーストは残り5冊

でありますが、現在の包装紙ストックで残り分に間に合うだろうかなです。

 

手に取ることもなく二週間

 図書館から借りている本は、まったく手にすることもなしに二週間が経過しよう

としています。これはいかんで、すこしでものぞいてみるようにしなくてはとあわ

てて、図書館の通い袋に入れてある本をひっぱり出してくることです。(ほんとに

こういうことからも返却期限というのは必要なことであり。買った本であれば、何

年もそのままだったりするからな。そのままで、手にすることもなしに終わると

いうこともあるのでしょう。)

 ということで、本日に手にしているのは「女性たちの日ソ戦争」という副題のつ

いた「満州からシベリア抑留へ」であります。

 女性でシベリア抑留になった人による手記は、これまでなかったわけではありま

せんが、当方は目にしたことはありませんでした。ましてそれについての研究など

については、さらにです。

 男性の抑留と比べてどうなのかということを、ジェンダーの視点から解明して

いくというのが、この本であるようです。

これは興味深いということで、手にしたのですが、いまのところはじめにすら読む

ことができておりませんです。

 このところ富田武さんの「ものがたり戦後史」を読んでいることもあって、日ソ

戦争の背景については、すこしは頭に入ってきたかなですが、まだまだわからない

ことばかりです。

 本日は、この生田さんの本の冒頭のところを、すこし読んでみることにいたしま

す。はじめには、次のようにありました。

「日ソ戦争後のシベリア抑留は、戦争に起因する日本人の悲劇という観点から見て

も、死者二十万人を出した広島の原爆投下、七万人の長崎原爆投下、二十万人の

沖縄戦などと共に、終戦の決断が早ければ防ぐことのできた悲劇である。しかも、

忘れてはならないのは、シベリア抑留がこれらの悲劇と異なり、7000万強の日本

国民が生活再建に取り掛かろうとしていた戦後の出来事だということである。」

 戦争を始めるという決断が軽いものであるとは思いませんが、それよりも戦争を

終わらせるという決断のほうがずっと大変であったというのが、先の大戦での教訓

であります。

 やろうという決断はできるのですが、一度決めたことをやめようというのは、

なかなかできるものではないというのは、このところの世相を見ていても、感じる

ことであります。