例年この時期は庭仕事が本格化することになって、時間が空いたら庭の
見回りとなります。バラと宿根草という、その昔の雑誌を参考に庭作りをして
いるのですが、冬越しがうまくいかずでいまだ姿を表さない宿根草が動いて
はいないかとか、まるで芽が確認できないバラ苗はいよいよだめかなとか、
観察は欠かせないことです。
宿根草がでてこないとしたら、それが抜けた穴をどのようにして埋めるか
と思案することにです。消えたものと同じ種類のものを植えるか、それとも
違ったものを植えるのかということで、宿根草を多く揃えている園芸店へと
足を運ぶことにです。この時期ばかりは行きつけの店も素通りでありまして、
すこし庭がにぎやかになるまでは、園芸店通いが続きます。


本日は上の写真の下段右端にあるカワラナデシコを求めて町外れの店まで
行ってきました。ここはゲラニウムとかの種類がとっても多くてわざわざ行く価値
がありです。
気になる新刊本もあるのですが、なにせこちらは買ってもすぐに読むことがで
きなくて、積読になることがわかっていますので、本屋よりも園芸店へと行っている
ほうが家庭円満でありますね。
ということで、あいかわらずで積読本くずしでありまして、先日来手にして四方田
犬彦さんの岩波新書「ソウルの風景」を読み継ぐことです。岩波新書なんて一日で
読みあげるものでしょうといわれそうですが、一日に二章くらい読んでおしまいで
ありますので、このペースでは一週間くらいもかかることになりです。(それも早く
てですから)
本日に読んでいたところは「二人の作家」という章ですが、これが新刊ででた
25年前に読んでもまったくぴんとこなかっただろうなと思います。積読くずしの
よいところでありますね。
「韓国の文学作品に多少なりとも付きあった人ならわかるだろうが、この国の作家
たちは概して作家としての生命が日本と比較して短い。・・社会があまりに激しく
変化してゆくので、どうしても自分の世代を越えてメッセージを年少者へと伝える
ことが難しくなり、結果的に沈黙してしまう作家が多いことが、その一因だといえる。
小説の読者は端的にいって大学生を中心として、その前後の年齢層に限られて
いる。したがって彼らと世代の気分をわかちあうことのできる作家だけが支持され
る。」
今にいたっても韓国の文学事情には疎いのでありますが、四方田さんが25年前
に書いている事情は変わっているのでありましょうか。なかなか韓国の男性作家の
小説を読むまでの余裕はないのでありますが、ちょっと気になる韓国の二人の作家
は、李浩哲(イ ホチョル)と李清俊(イ チョンジュン)のお二人であります。


