レコードと本を話題に

 本日のお昼時間は、友人の野辺のおくりで火葬場で過ごすことになりました。

お昼のお弁当をいただいた後、息子さんと彼が残したレコードと本を話題にする

ことになりです。

 亡くなった彼は就職してからは、かなり忙しい職場に配属されていましたので、

毎月のように超勤を行っておりまして、それによって得る手当もそこそこのもの

でありました。奥様の話ではある月などは、給料の手取りと同じくらいの手当が

あったということでした。

 その手当を、かれはレコードと書籍の購入にあてていました。当方のほうが一足

早くに家庭をもって、本代の捻出に四苦八苦していましたので、レコードを買う

余裕はまったくなく、彼が購入したレコードをコピーしてもらったもので音楽を

楽しむことになりました。

 1975年くらいからの話でありますが、最初はオープンリールのテープに、70年代

末からはカセットテープにレコードをコピーというのが20年間くらいも続いたで

しょうか。

それから彼はMDとなって、ついでパソコンでCDをコピーして送ってくれました。

最初は六文銭とか荒井由実のもので、それからシュガーベイブとなって、山下達郎

吉田美奈子となっていくのです。後年になってからはジャコ・パストリアス

ロイ・オービソンなどもです。

 ともに中学生の頃から洋楽をきいて育っていましたので、歌謡曲などを話題にする

ことはなく、日本のものではいわゆるニューミュージックといわれる音楽がメインで

ありました。当方の78年生まれの息子が最初に関心を持って、ダンダダンをきかせて

といったのは、彼からもらったカセットテープ「悲しいほどお天気」に入っていた

「DESTINY」でありましたので、子どもと一緒に音楽を楽しむことができたのも、

彼のおかげとなります。

 最近は、どういうわけかこの時代の日本の音楽に人気が集まっていて、オリジナル

のレコードが高値で取引されるようになっています。そんなこともあって、彼の息子

さんには、彼の持っているオリジナルのレコードは、現在中古市場で人気が高いので

売ってしまうのであれば、早いほうがいいかもねと話をしました。

 それと比べると彼の集めた本はどうでありましょうね。奥様には渡さずに自分で

好きなように使っていた資金が、そこそこありましたので、その昔は出張などで

東京にいったときには、神保町の田村書店などに足を運んで、そこなどから購入を

していました。彼は昨年くらいまでは、田村書店はいつでも蔵書は引き取りますと

言ってくれていたんだけどねと言っていましたので、その田村書店も当時のご主人

は亡くなられてしまっているからねと話をいたしました。

 彼のコレクションの中心は、吉田一穂関係のものでありまして、当方もほとんど

見せてもらうことはなかったのですが、たしかほとんどのものを持っていたはず

です。彼が買った時代は高かったのですが、最近はどうなのでありましょう。

 吉田一穂さんは、あまり良い父親、家庭人ではありませんでしたので、そこは

気をつけたほうがいいと思いましたが、結局のところ、彼もその道を歩んだよう

であります。