読めもしないのに借りて

 読めもしないのに借りてと記しましょうと変換をかけましたら、嫁もいないの

にとなりそうでありました。嫁もいないのに借りて違和感ありというのは、何で

ありましょう。最近は、嫁なんて呼び方はしなくなっているのでありますが、そ

れはおいておくとして、嫁という呼称が普通であった時代でありましたら、高枕

なんてどうでしょうね。その昔の既婚の女性は日本髪を結っていましたので、高

枕は必需品でありましたから。

 ということで、すこしでも読めたらいいなと思いながら新たに借りたのは、次

のものでありました。

 皆川博子さんの随筆選の三冊目となります。日下三蔵さんの編集であります。

日下三蔵さんによる皆川博子随筆選も図書館のおかげで手にすることができまし

た。

 とにかく何度も書きますが、当方はこの随筆選を手にするまで皆川博子さんの

ことをまったく知らなかったのでありますね。大ベテランで1986年には直木賞

2015年には文化功労者となっているのにでありますよ。

 直木賞を受けたのが皆川さんの作品のなかでは傍流のようにも思える和物で

あったことも、当方との接点をなくしてしまったのかもしれません。

 じっくりと読むことはできないかもしれないので、まずはパラパラと気になる

話題はないかとチェックすることにです。あちこちに興味深い話がでているので

すが、本日は、次のところを引用です。

「幼いころから小説に耽読してきたが、作家を志したことはなかった。四十をす

ぎて、突然、堰をきったように書きはじめたけれど、それとて、書きたくなった

から書いただけだ。」

 皆川博子さんは1930年お生まれでありますので、四十をすぎてということは

1970年代のことですね。すでに結婚もされていたようですが、作風が世帯じみて

いないこともあって、主婦作家なんて呼ばれることはなかったことです。そうし

て有名になりましたら、当方のアンテナにもかかったかもしれませんが、当方の

苦手なミステリ分野が主戦場でありましたので、これも縁がなかった理由であり

ましょう。 

 デビューが遅かったのですが、それからは多作でありまして、読むのが遅い

当方は皆川博子さんの作品のうちごくわずかしか読めずに終わりそうであります。

 検索していましたら、皆川博子さんは今年の「毎日芸術賞」を受けていました

です。対象となったのは、次の作品でした。