「職人学」に戻ることに

 小関智弘さんの「職人学」をブックオフで購入して、ここから話題をいただ

こうと思いながら、脱線につぐ脱線でありました。

 この本は、日本の優秀な職人さんたちのことを紹介しているのですが、その

人たちの持っているスキルを、機械でできるようにするというの技術革新の時代

に、さらにその先を行くスーパー職人でありますね。

 小関さんは、次のように書いています。

「技術が進歩すれば技能は要らなくなる、と考えるのは誤りである。もしそう

考える技術者がいるなら、それは技術者の奢りである、技能よりも技術のほうが

上だと考えるのも、技術者の奢りである。」

 と行った後に、日立のなかにたった一人しかいない超絶技巧の職人さんを紹介

しています。それは人工衛星で使う送信用のアンテナを作るときの部品である

ワイヤーを設計図とおりに通すという技術ですが、これができるのは日立に一人

しかいなくて、替えのきかない存在なのだそうです。

 このように紹介してから、次のように締めています。

「技術者がどんなすぐれた設計をしても、それだけではモノにならない。モノと

して存在するためには、技能者の持つ力量が不可欠である。」

 最近は、どうなのでありましょう。

 そもそも小関さんの「職人学」に手が伸びたのは、最近の朝ドラのせいでもあり

ますね。朝ドラは東大阪の町工場を経営する一家の娘さんがヒロインでありますが、

父親が経営するネジ工場も主要な舞台となっています。

 ちょうど「職人学」にも、「美しいネジを作る」ということでネジを作る会社を

紹介していました。テレビドラマの会社も、このような「美しいネジを作る」を

目標にしているのでありましょう。

「ネジの機能としては、赤外線検査装置を無事に通過しているのだから、問題は

ない。しかし、ネジの出来があまりよくはない。そんなときひょっと首を傾げて、

機械を調整するか、しないか、その道五十年の職人の目は、それを見落とさない。

その厳しい目が、美しいネジを心掛けさせ、百万個に一個の不良品でも許さない。」

 美しいネジを作る職人は妥協をしないとあります、職人は頑固でなくてはだめな

ようです。