いつ頃の話であるか

 先日からちびちびと読んでいる松家仁之さんの「泡」を楽しんでいます。

青春小説とありまして、主人公となる薫くんは高校2年生なのですから17歳

くらいの設定なのでしょうか。ジャズ喫茶のオーナーであります大叔父さん

と、ジャズ喫茶で働いている岡田さんが登場するのでありますが、とても慎

重に、その人たちが出会った年の8月というのが、ぼかされています。

 そのことによって、この作品はある世代の青春小説ではなくて、時代をこ

えた青春を描こうということでありますね。

帯にあります「自分の居場所はどこにもない でもひとりでは生きていけな

い」というのは、別に特定の時代の話ではなく、いつであって(特に最近の

ほうがそういう傾向は強いかもしれませんが)共通することでありましょう。

 そうはいっても、やはりこの小説の8月というのは、どの年の話であるかと

いうことは気になることで、小説を読みながら、時代を推測できるような言葉

を抜いてみるとともに、大叔父さんはその時においくつくらいであったのかと

思いましたです。

 まずは大叔父さんからですが、小説が参考にしたシベリア抑留当事者の名前

にあがっているのは、高杉一郎さん(1908年生まれ)、石原吉郎さん(1915年)

で、それに長谷川四郎さん(1909年)でありますから、ほぼこのあたりに生ま

れた方と考えてよろしいでしょう。

 大叔父は薫くんの祖父の末弟で父親ほど年齢差があるとのことですから、祖

父は1900年よりも前に生まれたようであります。父親のことは両親ともに教員

をしているとしか書かれていませんが、二十代前半で薫くんが誕生したとは考え

にくいことであります。

 そこで薫くんの生まれたのはいつ頃かでありますが、高校にはいってからは

ベトナム戦争とか狭山裁判闘争のことを話題にされていたとのですから、1970年

をすこしでた頃に高校に在学となりますか。

 ピンポイントで時代を特定できるような話題がでてこないかと思うのですが、

いろんな事象は散りばめられているものの、ほんと見事なくらいに注意深くはぐ

らかされています。

 そんなわけで、その年を特定することはできなかったのでありますが、これは

1975年くらいの話であるかと推定してみました。そうしますと高校2年の主人公

の薫くんは1958年生まれくらいで作者と同年生まれになりますし、大叔父さんを

1915年生まれとすると60歳くらいでありますから、このくらい活動的であって

も不思議ではないようにおもえます。

 だからどうしたでありますが、1975年くらいの時代の雰囲気を感じることが

できまして、主人公の気分には感情がはいらないのですが、ジャズ喫茶を助けて

いる岡田さんは、当方よりもちょっと上くらいで、こういう先輩がいたなと思う

ことであります。

 

泡 (集英社文芸単行本)

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