ただいま読書中

 あれこれとつまみ読みをしているのですが、ずっと手にしているのは大西巨人さん
の「神聖喜劇」第一巻です。8月24日に入手したとブログに記していますので、そろ
そろ読み始めて三週間でしょうか。なんといっても、巨人ワールドでありますので、
巨人さんの思考法を理解して、作品に流れる時間にあわせなくては、前に進むことが
できません。
 たとえば、光文社文庫版第一巻48ページにあるくだりです。
「私が、『忘れました』を言いさえすれば、これはまずそれで済むにちがいなかった
ろう。これもまた、ここでの、現にあり、将来にも予想せられる、数数の愚劣、非合
理の一つに過ぎない事柄ではないか。これに限ってこだわらねばならぬ、なんの理由
が、どんな必要が私にあろうか。一匹の犬、犬になれ、この虚無主義者め。それで、
ここは無事に済む。無事に。
 だが、違う、これは、無条件に不条理ではないか。虚無主義者に、犬に、条理と
事情李との区別があろうか。バカげた、無意味なもがきを止めて、一声吠えろ。
それがいい。
 私は、『忘れました』と口に出すのを私自身に許すことができなかった。顔中の皮
膚が白壁色に乾上がるような気持ちで、しかし私は相手の目元をまっすぐに見つめ、
一語一語を、明瞭に、落ち着いて、発音した。
『東堂は、それを、知らないのであります。東堂たちは、そのことを、まだ教えられ
ていません。』」
 主人公が属する軍隊の内務班においては、上役から問われたことに対して、答える
ことができないときには、「忘れました」と答えるのが定番で、その答えしか期待
されていないのであります。それが軍隊の些細な処務規定に記されていることであり
ましても、それができなかったことの理由を問われれば、「忘れました」と答える
しかなく、それによって体罰を受けたりするのでした。
 そのとき、主人公は「忘れました」ではなく、「教えられていないので知らない」
と答えるまでの葛藤と、その発語のくだりになりますが、これって上下関係のきび
しい組織においては、いまでもそれに似たことってあるのではないでしょうか。
 ワンマンが白といえば、黒であっても、トップのおっしゃるとおりで、これが白
以外のなんに見えるでしょうなんて、お追従をいう輩は必ずいますものね。大西さん
が書いたのは軍隊という、今は存在しない組織でありますが、会社または役所など
にも「神聖喜劇」は存在するのでありましょう。

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)

神聖喜劇〈第1巻〉 (光文社文庫)