吉野葛 7

 後藤明生さんの「吉野太夫」であります。全七章からなる作品でありますが、後藤
さんが花田清輝さんの「吉野葛・注」に言及して、これから長い引用をしているのは、
第四章となります。ちなみに七章のうち、この四章のみが「文学界」が初出で、その
他は「文体」に掲載でありました。
 この四章は、友人への書簡という体裁になっていますので、書き出しは
「拝復、先日は遠いところからまことに結構なお見舞いを有難う。」であります。
 第四章で谷崎潤一郎の「吉野葛」に触れるところの引用です。
「まず君のいう、『吉野太夫』は谷崎潤一郎の『吉野葛』ではないかという説について。
 これは、そういわれてみれば、なるほどそうだな、と答えたのではやはり嘘になると
思う。もちろん君の説は、両者の題名に偶然『吉野』がついているなどというものでは
ない。そんな、思いつきを問題にしているのではなく、両者の小説の作りかた、方法の
類似をいっているのであるが、・・・・」
 小説家の友人は、後藤明生さんの「吉野太夫」は谷崎「吉野葛」と「小説の作り方、
方法」が似ているといっているのでありますね。これに対して、そんなんだよと胸を
はるのは、なにがなんでも図々しいと、次のようにつながるのであります。
「第一、自分を『大谷崎』に比較するなど、なんぼなんでもオコがまし過ぎるし、
第二には、ぼくの書いている『吉野太夫』の方には、幸か不幸か、・・・『史実』
そのものが、目下のところ何一つ見つからないのである。だから、ぼくの場合は、
その『史実』なるものを探しているわけだ。・・
 いまのところは、その探し求めていることを書いているわけであるが、なるほど、
その探し求め方が『吉野葛』の筆法にいささか似ているということはあるのかも
知れない。そしてそれは、正直なところ、先にも書いた通り、まんざら無意識という
わけでもない。」
 「探し求め方」であります。花田清輝さんにいわせると「材料負けする小説作法」
というのでありましょうか。
 後藤さんは、花田さんの「吉野葛・注」の谷崎作品を評しているところを「書き
写しているうちに、何だか自分のことをいわれているような気がした。」と書いて
います。 
 後藤明生さんの「吉野太夫」第四章は、谷崎、花田、そして後藤さんが時空を
超えて交歓するのでありました。