セ・パ さよならプロ野球13

 吉川良さんの小説「セ・パ さよならプロ野球」の縦糸は「佐藤文彦」という実在の
「打撃投手」に光をあてることで、「発見の喜び」を描いたと、この作品を評した川本
三郎さんはいっています。川本三郎さんの評は、「新日本文学」84年5月号にあるもの
です。題して「マイナーたちへのラブソング」とありますが、吉川良さんの小説は、
川本さんのマイナー好きとも呼応しているようです。
 83年のシーズンを通して、主人公は佐藤文彦さんに注目しています。とにかく練習場
などでも、いつも佐藤文彦選手をさがしているのです。最初は打撃投手であるので、
背番号はなかったようですが、あるときから背番号をもらったようであります。
「金網に凭れていた敏男は、ベンチの前でボールを集めた青いケースを奥へ運んでいる
ユニホームに注目した。背番号は69、F・SATOHだ。選手一覧表に載っている背番号
で、監督やコーチを除いては68の佐藤薫が最も大きな数字だ。佐藤文彦にちがいない。
敏男は近くへ動いた。ケースはいくつもあって佐藤文彦は疲れた表情で持ち上げている。
身体は大きいが、口がぽかんとあいてあいていていてニキビ面だ。敏男もそうだったが、
地方から上京して就職したての若い男といった感じだ。
『まず、メンバー表に名前を載せろよ』
 敏男は心のなかで佐藤文彦にいった。佐藤文彦は、まだどこも見る余裕がないらしく、
ボールケースをしまい終わったあとも、グランドにいくつか散っているボールのとろこ
へ歩いて行っては一カ所にころがしている。」
 これはシーズン前のことですが、シーズンに入ってからも、佐藤文彦選手を探して
球場を歩くのでした。
東横線の新丸子と多摩川園前駅の間に多摩川が流れている。その河川敷に、両翼92
メートル、センター120メートルの日本ハム多摩川グランドがある。・・
敏男はイースタンリーグ日本ハムとロッテ戦を見物にでかけた。・・敏男のおめあて
はテスト生の佐藤文彦なのだが、どうにも背番号69が見つからない。トイレにでて
きたロッテの新谷に、
『佐藤文彦は?』と敏男は訊いてみた。
『川崎に行ってます。』と新谷が答えた。ナイターで阪急線があるので、そちらを手
伝っているわけか。」
 ということで、川崎球場へといくことになるのです。
イースタンリーグを見たその足で敏男は川崎球場へと思った・・・
明日は休日だし、ロッテも9勝5敗首位の西武に0.5差と好調なので九千人ほどの
入りである。・・球場のどこにも敏男は佐藤文彦を見つけることは出来なかった。
ロッテの練習ではバッティングピッチャーをしていたのだろうか。」
「敏男はテスト生の佐藤文彦を思い出す。川崎球場でその姿を探すのだが、おそらく
佐藤文彦にとっては、ロッテが勝とうがまけようが関係ないだろう。一日も早く
二軍の選手になろうと、力いっぱい毎日を過ごしていてくれと敏男は祈る。
中日のバッティング投手 桑田も、五年目で初勝利した。」
「ふと敏男は、ロッテのテスト生、佐藤文彦投手を思いだした。どうやらユニホーム
姿を見ずにシーズンが終わってしまった。二軍の選手になれそうなのだろうか。
それとも宮城県へ戻ってしまおうと考えているだろうか。」
 という具合でありまして、結局は試合で投げるのを見ることがなしで、一年の
シーズンが終わろうとしているのでした。