セ・パ さよならプロ野球15

「さよならプロ野球」というのは、昨日に紹介した審判員の山崎さんにとっては、プロ
野球の世界から引退することでありますし、小説の主人公である敏男さんにとっては、
仕事のかわりのつとめとしていたロッテを中心とする野球のスクラップつくりをやめる
決断をすることであります。
 この小説の縦糸が敏男さんのロッテ応援記録であるとしたら、横糸はころがりこんだ
女性とその息子を中心とする日々の暮らしであります。内縁関係というような違うよう
なものでありますが、一緒にくらすうちに女性がというよりも、その息子にとって頼ら
れる存在となるのでした。子はかすがいといいますが、父親を知らない子にとって、
父親代わりを期待されるのでした。
 ほとんど最後のところで、主人公は、当時、長嶋茂雄が発表した四浪声明文にまねた
文章をつくるのであります。
「熟慮の結果、機が熟するも熟さないも、もう仕事につかねばならぬと判断するに至り
ました。今後生きてゆくのについて、最もふさわしい表現でおこたえしたいとは考えて
はいるのですが、考えること自体、ふさわしくないようでもあり、とにもかくにも十五
万円ぐらい、年俸にして百八十万ほどは稼ぎたいと念じておりまあす。
 そうです、もう私は今月をもって、いっさいプロ野球に気を向けないようにしようと
心に誓っています。巨人だ、西武だ、パだ、セだと言っていたのでは、さっぱり値打ち
のある人生をおくりはぐってしまうような気がします。あの後楽園の外野席の熱狂から、
一歩でも遠くへ逃げて、佐々木敏男の毎日を充実させねばなりません。さよならプロ
野球。スクラップブックは、できれば川崎球場のマウンドあたりで燃やしたいのですが、
近所の公園でがまんしなくればならないでしょう。さよならスクラップブック。
ロッテのテスト生佐藤文彦に幸あれ。そして我に幸あれ。」
 今の時代よりもまだ仕事に就きやすかったのでしょうか。この時代に、同じような
主題で作品を書くとすると、限りなく未来は暗いものとなってしまいそうです。
 敏男さんは、スクラップブックを川崎球場の近くにある公園に置かれたドラム管
で焼却します。ほぼ同時に職業安定所に求人を見にいくのですが、なんとかいい仕事に
めぐりあってほしいものです。