新本屋でバーゲン本 4

 直良信夫さんの本から、徳永康元さんの「ブダペスト回想」に話題がつながるとは
です。羅針盤ももたずに本の森に入りこむと思わぬところに道が開けるものであります。
これだから、ゆきあたりばったりの読書は楽しいことです。
 徳永康元さんのブダペスト三部作は、あちこちで取り上げられているのですが、
今回は、「ブダペスト回想」から父上についてのくだりを見てみることにします。
昨日に引用したように、徳永康元さんのお父上 徳永重康さんは直良信夫さんの師匠と
なるのですが、ハンガリーに留学する息子さんを下関で送って、息子さんがブダペスト
に到着したその日に急逝したのであります。こういうことってあるのですねというよう
な話であります。
 「ブダペストの古本屋」に収録の「ホルヴァート君の思い出」という文章には、
「はじめての外国生活で気をつかうことが多く、その上ハンガリーに着いた翌日に日本
からの電報で父の急死を知らされ、いささかノイローゼ気味になっていた私にとって、
気楽に何でも話せる彼のような友達ができたことは何よりも有難かった。」とありま
した。 
 息子さんが描くところの父親像であります。(「ブダペスト回想」をみてもほんとに
ちらっとしか登場しません。)
 まずは「猿楽町の宝生会」という文章からです。
「 私の父親は理科系の人間だったが、学生時代から松本金太郎・長の二代に謡を習い、
素人能ではかなりの古顔だった。こんな関係で宝生の能楽堂に枡席をもち、毎月家族を
連れていったのだろうが、そのおかげで私は大正中期の演能をかなりたくさん見ている。
・・・後年、長さんが早稲田大学の大隈会館の謡会で急逝されたときは、父親の勤め先
でもあったし、身近な人の不幸に遭ったようなショックを受けたことを覚えている。」
 このことは、直良さんが描く「これに能楽(農学)の博士級であることを加えて
『三博』」と自称する話に符合することです。
 このようなお父さんを見て育ったからでありましょうか。徳永康元さんの文章にも
ゆったりとした時間が流れています。