小沢信男著作 219

 「裸の大将一代記」の元版がでた時に、どのような評がでたのでしょうか。
当方の手元にありますのは、毎日新聞の読書欄「今週の本棚」のトップを飾った川本三郎
さんによる書評です。掲載は、2000(平成12)年3月26日であります。元版がでたの
は、同年2月25日ですから、一月後のことになります。
 この書評の見出しには「敗戦前後の日本が浮かび上がってくる」とありました。
 この川本三郎さんの書評の冒頭部分を見てみることにします。
「数年前に取り壊されてしまった築地の松竹セントラルの大きな緞帳には山下清
『両国の花火』があしらわれていた。映画を見に行くたびに、その絵を見て無性に『懐か
しい』思いがしたものだった。
 松竹セントラルの開館は昭和三十一年の九月。その年の三月に、東京の大丸デパートで
山下清展が開かれ、人気が人気を呼び、連日観客が殺到した。四月には皇太子も訪れ、
空前の山下清ブームが起きた。
 大丸で山下清の貼絵を見た、当時二十二歳の若者、池田満寿夫はのちにその感動をこう
書いた。『山下清の貼絵ほど、日本の大衆に愛されたものはない。清の貼り込めた風景
は、まさに日本人の原風景に他ならない。』
 著者の小沢信男はそれにさらに付け加える。『敗戦前後の日本人の原風景』であると。
昭和二年生まれの著者が、大正十一年生まれ、五歳年上の山下清を語る。そこにはほぼ同
じ『敗戦前後の日本』を生きた思いがある。
 異才の画家。諸処流転・放浪の人。さまざまに語られる山下清を『敗戦前後の日本人』
ととらえたところに本書の面白さがある。清の放浪をたどることで、敗戦前後の日本が
浮かびあがってくる。軍国主義一色に見えたあの時代に意外やのどかな一面があったこと
も。」
 冒頭部分というわりには、長い引用となりましたが、毎日新聞の読書欄のトップは、
字数が多いので、これで全体の四分の一ほどでしょう。
 これに続いてのところは、山下清の放浪を支えた戦前の日本社会の成り立ちを、
小沢さんの記述して紹介をしていきます。「敗戦前後までの日本」には、放浪を可能に
する地域社会があったというのが、小沢さんのこの本のテーマであります。
 川本さんの書評の結語は、次のとおりです。
「 平和な戦後が、清にとって次第に窮屈な管理社会になっていき、自由な放浪の旅をし
にくくなったのはなんとも皮肉だった。」