小沢信男著作 205

 小沢信男さんの「裸の大将一代記」は、「朝日人物事典」(朝日新聞社刊 1990年)
の「山下清」についての項の全文引用からはじまります。全文引用したうえで、
「限られた字数の記述とはいえ、いささかこれは、ものたりない。通説をなぞって事実
誤認もあるようだ。」と記しています。
 山下清といえば「裸の大将」でありますが、当方の世代にとっては名優 小林桂樹
主演した映画の主人公ですね。より若い世代にとってテレビで放送されていた芦屋
雁之助のものが思いだされますでしょう。ごく最近には、お笑いの塚地さんが演じて
いました。
「『山下清』という現象以前の、山下清はどういう実体なのだろう。実体から、どんな
虚像を、どうして世間は生み出したのか。人と時代の、のっぴきならない絡み合いが
そこらにあるはずで、思えば朝日人物事典の記述は、いくらなんどもお粗末すぎた。
ちなみにこの項目の筆者は<小沢信男>。なにをかくそう私なのです。
 という次第で、みずから蒔いた種の始末にとりかからねばならない。いったい、
山下清はどこからどうして出現したのか。以下、出生から順を追ってたどってゆく。」
 これから始まっての七百枚です。
 この作品は、2008年4月にちくま文庫となりまして、いまでも新刊で入手可能です。

 こちらの文庫のカバーイラストは「南伸坊」さんとなりますが、元版の「自画像」
よりも、こちらのほうが、われわれがなじんでいる「山下清」さんのイメージに近いこと
です。
 文庫版あとがきには、その後のことがすこし書かれていますが、「以上を補記して、
この文庫版を『裸の大将一代記 山下清の見た夢』の定本とします。」とありました。
 最後のところでは、ひかえめに著者からのご報告です。
「 なお2001年に第四回桑原武夫学芸賞を、本書はいただきました。その選者の一人の
鶴見俊輔氏が、このたびは解説文をお寄せくださいました。おもえば弱年より、ここぞ
という折々に、氏よりおもいがけぬことばを掛けられて、奮起したものです。本書の
成立と文庫化には、筑摩書房松田哲夫、長嶋美穂子の両氏にお世話になりました。
 あまたの取材と引用の諸文献にあらためて深謝しつつ、それやこれやの幸運にいっそ
乗じて、存命中になおもう一回、奮起しようかなぁ。」
 小沢さんは、あちこちで賞の選考委員などをつとめておられるのですが、自らはほと
んど賞には無縁でしたが、この作品で光があたることとなりました。