古本屋のおやぢ 12

 昨日に引き続き、上林暁さんの「山帰来」(「昴」80(昭和50)年一月号)という随
筆からの引用です。昨日の文章には、「最近、関口君にかかはる出版物が二つ出た。」と
ありましたが、もう一つについてです。
「 そのほかにも一つ、それは『昔日の客』といふ本である、関口君自身の随筆二十八編
と詩二編と息子さんの『あとがき』とが所収されてゐる。神田の三茶書房の発行で、
山高さんの茶色の布地表紙で、瀟洒な小型本である。それに、山高さんの版画が口絵に
なってゐる。その版画は『大森曙楼旧門附近』(銀杏子の散歩道)とあり、何もかも友情
のかたまりである。
 芥川賞作家野呂邦暢は、早くから関口君の店のお得意だった。・・・
 やがて芥川賞が決定し、野呂はふたたび上京して、関口君夫妻を受賞式に招待した。
関口君はよろこんで出席した。おみやげの代わりに、作品集「海辺の広い庭』を贈り、
見返しには墨黒々と達筆をふるった。
 『昔日の客より感謝をもって 野呂邦暢
 還暦記念に、『昔日に客』といふ随筆集を出さうと関口君は決心した。」
 多くの方が言及する「昔日の客」である野呂邦暢さんとのくだりでありますが、関口
さんと野呂さんが共に尊敬する上林さんが亡くなる半年ほど前に発表した文章です。
「『自分の本が出来るなんて本当に夢のやうだ。波我が出るほどうれしい』と入院中の
日記に関口君は書きつけてゐた。
 しかし関口君は還暦を待たずに死んだ。享年五十九歳。
『昔日の客』、『正宗白鳥先生訪問記』が巻頭をしめてゐる。集中第一の力作であり、
新鮮な筆致がをどってゐる。青年時代以来の白鳥の作品に対する傾倒ぶり、狸ぢぢいを
相手にするやりとりが、実に面白い。これは傑作である。
上林暁先生訪問記』、これはぼくに取ってはなつかしい文章である。関口君が初めて
ぼくに会ひに来たときのことを書いてゐる。十冊くらゐの本を持って来て、サインを
求めたやうである。
『本を愛する人に悪人はない』とぼくは書いた。関口君は帰る途すがら、署名本を何度も
出して見た。そして本当の文学者に会ったといふ感動で胸がいっぱいになった。うそか
まことか知らないけれど、このやうな惚れ込みやうが、一生の間変わらなかったのは、
有り難いことである。この日は、昭和三十六年十一月三日文化の日。それから一年
たって、十一月四日ぼくは再度脳出血で倒れた。(このあと関口さんの詩二編の紹介
あり、これは略)
 『昔日の客』はアメリ国会図書館から注文を受けた。」
 最晩年の上林暁さんの文章でありますので、ありがたさが違うように思います。この
文章は、第19巻の補遺にあるのですが、この文章などは、「昔日の客」が広く本好きの
人の手に渡ることを見通しているようであります。
「本を愛する人に悪人はない、なにもかも友情のかたまりである。」と上林さんは書いて
います。古本好きの友人には、是非とも「昔日の客」をすすめることといたしましょう。