湯川共和国3

 今回の「湯川展」をきっかけに刊行された「私の本作り」の版元 皓月書林は、この
冊子をだすためだけでありますので、いろいろとしかけがありそうです。
「発行所 皓月書林 京都市左京区水雀七丁目十一番地 」というのは、もちろん架空
の住所でありまして、ここあてにお手紙をさしあげても届かないでしょうね。「水雀」
は、湯川成一さんがつかった号によります。「七丁目十一番地」は、何にちなんで
いるのかと思いましたら、これは命日であるようです。
 発行日は3月24日で、これは湯川さんのお誕生日です。そういえば、昨年の3月
24日には、「湯川書房湯川成一の仕事」が刊行となっています。亡くなってすぐの
8月に林哲夫さんの「SPIN」04号がでて、それから半年ほどたった3月に「湯川成一
の仕事」がでたわけですから、亡くなってからのほうが身辺は騒がしくなっていえると
でしょう。
 生きている時には、ずいぶんと名前を聞いたのに、亡くなってからはほとんど話題に
ならない人がいるというのに、亡くなってからこのように取り上げが多くなるというの
は、亡くなったことによって、表舞台にでることをよしとしなかった人の抵抗がなく
なったからでありましょうか。