本が生まれるまで6

 「本が生まれるまで」で小尾俊人さんは、「『活字』の世界に捉えられた。活版
印刷文字の美しさともいえよう。活字の大きさによって、その活字体が全部違う。
・・私はとくに平かなのスタイルが目にしみつき、ついには神経細胞を支配するかの
ように思われた。」と書いています。
「本は内容で買うのですが、まず活字のスタイルに目がいってしまう、魔力で捉えら
れてしまう感じである。大日本、凸版、精興社、三秀舎、理想社三省堂、研究社、
内閣印刷局等々、同じ9ポイント活字でも、みなスタイルが違う。活字の大きさ、
印刷所の違いによって、内容に対する捉え方が感覚的にちがってくる。こうなると
幻想的、妄想的で、文学が記号性をこえた機能をもってしまうのだが、・・文字の
奥にある論理の構造というよりも、文字のフェティシズムに安住したことが、その後
の出版屋としての生活を決定したといえるかも知れない。」
 「文字のフェティシズム」でありますか。同じ9ポイントでも、みなスタイルが
違うというのは、上にあがっているような会社が印刷したものを見ると、判別がつく
ということでありますね。
「精興社書体は、細身かつ端麗なツルのおもむきがあり、華奢でありまた上品である。
昭和10年代の岩波書店の出版物はそのよき例証であり、露伴など多くの著者が精興社の
印刷を希望したという事実は、これによる。」
 精興社での印刷というのは、しあがりにこだわる多くの人に選ばれていますが、
湯川書房とか書肆季節社などの出版物にも精興社の印刷があります。
山本善行さんが、湯川さんにインタビューの再録が「SPIN 04号」にありますが、
そこで湯川さんは、次のように話しをしています。
「ずっと東京の精興社だったんですけど、途中で限定本じゃなくて、いわゆる書店に
流すような単行本をやろうということになった。・・・僕なんか商才も営業力もない
人間がそんなことをやってもうまくいくはずがない。例えば、精興社でやると、本を
こちらへ運ばないかんわけでしょ。トラックを仕立てるとすごいんですよ。運賃が、
それで精興社をやめたんです。」
 湯川さんの場合は、製本は関西にもってきてやるのですから、とんでもなく物流費
だけでもとんでもないことになっています。