いわくのある本

 本日に入手した出久根達郎さんの「古書彷徨」(中公文庫)には、「いわくを
さがす」という文章があります。その書き出しは、次のようになっています。
「古本さがしの醍醐味は、いわく因縁のある本を、ひそかにみつけだすことの
ようである。」
 古書探求のプロであります古本屋の出久根さんがいうのでありますから、その
とおりとしかいえませんが、「いわく因縁の本」というのは、どのようなものを
さすのでありましょう。
 この文章で、紹介しているエピソードには、二つのものがあがっています。
「 井伏鱒二氏の年譜に、『大正14年、聚芳閣に勤務。奥付のない本を出し、
 羞恥のあまり一ヶ月で退社』というくだりがある。この『奥付のない本」を
 十年あまり実に熱心に探している客がいた。手がかりは出版社と年度と奥付の
 有無である。井伏研究に格別重要なことではない。いわばどうでもよいこと
 だったが、『聚芳閣発行の本を見つけると、もしやと胸がときめきましてね。』
 とその客はほおを赤らめた。」
ネットの「日本の古本屋」で目指す本の探索はずいぶんと容易になったのであり
ますが、検索のキーワードは書名と著者名をいれることでありますから、出版社
のみでは検索は実現しないのであります。
 上記に引用されている本を探索するためには、古書店で聚芳閣の本を見いだす
たびに奥付のチェックをするのですが、どのくらいの時間をかけたら、これを
見いだす事ができるのか皆目見当がつきません。一般の人でありましたら、
すぐにあきらめてしまうでしょう。
「 さきごろ河盛好蔵氏の『井伏鱒二随聞』という本が発刊され、その中で奥付の
 ない本の正体を、まざまざあばかれてしまった。客は悲憤のあまり寝込んでし
 まった。人にはばかげた酔狂に見えても、本人には大切な夢であったのだ。
 自分の手でつきとめたかったと、未だに嘆いている。」
 
 「人にはばかげた酔狂と見えても、本人には大切な夢」というところがよろし
であります。