いわくのある本 2

「いわく因縁のある本を、ひそかにみつけだすというのが古本探しの醍醐味」と
いうのは、出久根達郎さん「古書彷徨」にあるものです。
昨日には、井伏鱒二さんが短い編集者時代につくった奥付けをおとした本を
探し求める話でありましたが、この文章には、もう一冊いわくの本がとり
あげられていました。
「 昭和32年より刊行された新潮社の『三島由紀夫選集』の第十一巻には、
全集には珍しく改定版がある。収録内容に誤ちができて初版が急ぎ回収された
のである。
 全集の編集にあたった進藤純孝氏の回想によれば、コピー機械のなかった
当時は、すべて筆写して印刷所に送ったという。ところがあるまいことか、
『一編数枚の作品で写し間違いができて他人の文章が挿入されてしまった。』の
である。・・・
 客の中にはいわば欠陥商品の回収本を捜すものがいて、彼らはどの文章が
果たしてだれの文章かつきとめようとしている。この『研究』の真相はまだ
なんぴとにも発表されていないので、客の愉しみは続いているわけである。
しかし、地下の三島には迷惑な話に違いない。」

 いろんな動機から本を入手しようという人がいるのでしょうが、この三島
選集第十一巻の初版を捜している人は、三島の文章に間違って挿入された
「他人の文章」を突き止めようとしているのでしょうか。こうした人は、
進藤さんの文章を読んでいるのでしょうが、あまり具体的にはかかれては
いないようにも思えます。そうなりますと、この初版を入手して人は、
文章のひとつずつを、他の版のものと照合して検討し、挿入された文章を
見いだしたならば、その部分がどこの誰によって書かれたものであるかを
突き止めることになるのですが、別にこれはなにかの著作の一部であるとは
かぎらないのですから、これをつきとめるのは大変な労力を必要とする
ようです。この文章が発表されて20数年がたちますが、この真相はつきとめ
られたのでしょうか。