カフカの手紙

 池内紀さんの「ちいさなカフカ」(みすず書房刊)にある、カフカの「手紙の行方」と
いう文章を読みますと、本当に不思議な気分になります。
  カフカの手紙をたくさんうけとることとなった女性の一人「フェリーツエは五百通に
のぼる手紙をきちんと保存していた。二度婚約をして、どちらのときも決断がつかず
解消をいってきた男である。彼女は、べつの人と結婚して家庭をもった。その際にも
手紙を処分しなかった。・・・
 ミレナはナチスドイツの犠牲になった。身に危険が迫ったとき、カフカの手紙を亡命
する友人に託した。二十年近く前にやつぎばやにおくられてきて、その後、縁の亡くなった
男の書いたものだ。ミレナは強制収容所で死んだが、カフカの手紙は亡命先を転々と
したあげく、奇跡のように生き延びた。」 
 名をなした作家からの私信でありましたら、保存しておこうという気分になるかも
しれませんが、ミレナさんの場合にあっては、無名でほとんど作品も発表していない
すこし変人の作家志望の男性からの手紙の束です。これが受け取った人から、他の人に
託されて、それがリレーのバトンのように引き継がれて、現代に残っていることに
不思議な力が働いていると思わざるを得ないのでした。