インカ帝国地誌

インカ帝国地誌 (岩波文庫)

インカ帝国地誌 (岩波文庫)

 知人が先日のお祝いのお返しにといって「図書カード」をくださいました。
小生には、これが一番よろしいでしょうと選んでくれたものですが、まさに猫に
かつぶしでありまして、おもわずごろにゃんと声がでそうになったのでした。
 さて、プレゼントしてくださった方に応えるためには、きちんとした本を買わ
なくてはいけないぞと思ったときに、頭にうかんだのが、岩波文庫の新刊である
インカ帝国地誌」であります。どうせ読み通すことができないと思うのですが、
購入しないでいると、ずっと気になってしかたがないと思うのでした。
 しかし、岩波文庫としては、うんと値段が高くてなかなか決心がつかないのです。
こういうときに、いただいた図書カードがあると、そうしたためらいがあっさりと
乗り越えられるのでありました。
 この本のあとがきでは、「アンデス百科全書」というタイトルで訳者増田義郎さんが
次のように書いています。

「 ここには16世紀前半におけるアンデス世界のいっさいが記録されており、
まさにアンデス百科全書ともいうべき書である。この浩瀚な記録が、エスパニャ人の
侵入後十数年しか経たない時点で、ひとりの年若い一兵士により、しかも現地の困難な
条件下において書かれたことは、まさに驚嘆に値する。・・・・彼は書斎に閉じこもって
執筆したのではなく、アンデスのけわしい山野を旅しながら書いた。いったいシエサは、
どのような動機からこの大事業を構想し、どのような意図に導かれてそれを実行に
移したのであろうか。」

 この著作は、フェリペ皇太子に捧げられているのですが、その献辞には次のように
あるのです。
「 小生が本書で述べているのは、真実であり、重要、有益であり、きわめて興味
深い事実であります。しかもそれらは、現代におこったことばかりであり、世界で
最大、最強の君主、すなわち殿下に捧げられるものであります。このような文才に
乏しいひとりの人間が、他の文才豊かな人士でも、もっぱら戦争の仕事の忙しさの
ため、あえてしなかったようなことを企てるのは、無謀と思われるかもしれません。
 とにかく、他の兵士たちが休息しているときにも、小生は疲れをいとわずに筆を
執ることがたびたびでございました。しかしながら、この労苦、またはすでに述べ
ました土地の険しさ、山地、川、そして耐えがたい飢えと窮乏なども、小生の二つの
仕事を妨げるものではありませんでした。ふたつの仕事とは、書くことと、小生の旗と
指揮官にまちがいなく従うこつであります。」

 現代であれば文化人類学とか民俗学などのフィールドワークの趣でありますが、
それを16世紀におこなっているというのが、信じられないことであります。
しかも、専門の学者ではなく、普通に業務をこなしている年若い兵士によるもので
すから。このような奇跡のようなことがあるのですね。
 情報過多になっている現代にも、このように無名な人の仕事で、数百年後のも
通用するものが進行しているのでしょうか。