吹く風がちがう

須賀敦子全集4」にある中井久夫の解説を読んでおりまし
たら、でだしに「風がちがうのよとそのひとは編集者に語った
そうである。そのひととは須賀敦子。風がちがうところは彼女が
育ったかっての阪神間夙川のあたりである。」とありました。
 この風というのは、それがはこんでくる匂いのことである
ようで、中井によれば「下肥のすえた匂いは東京の市街部を
含めて全国にみちみちていた。それが彼女の育ったあたりには
まるきりなかった。」ということになるのです。
 日本のブルジョワといえば、出身が関西であるのが多くて、
明治以降の三菱といくつかが関東からのスタートでした。
そして、プチブルといえば、それは圧倒的に関西の阪神間
あって、地盤沈下したいまでも、何をしているのかわからない
けども、リッチな家族のことを耳にしたりします。
 中井の解説では、この陰の部分についての記述もあります。
「九州や山陰地方に赴くと、その地方の精神病院の医師は
しばしば、阪神間の裕福な家の患者が送られてきて、たくさん
うちの病院にいますよと語る。富裕階級のための精神病院を
持たない点で、この地域は東京と大いに異なる。彼ら彼女らは
時に死んだことにされている。」
 上には上があり、下には下があるといいますが、こちらは
どう考えても須賀さんの育った階級とは、クラスが違うと
いう感じでありまして、最近のバブル紳士たちは、いずれもが
成り上がりということになるのでしょう。
 しかし、昭和のバブルが阪神間の文化を育てたとすれば、
平成のバブルは、後世に何を残すのでありましょうか。