四回目のワールドカップか

 中東カタールサッカーワールドカップが始まって、本日の夜はこのあといよ

いよ日本とドイツの対戦となります。やってみなくてはわからないというものの

きびしい展開になりますでしょうね。

 このブログを始めたのが2007年でありましたので、そのあと2010年か

ら、今回のワールドカップは四回目となり、その回ごとに話題としておりました。

どこかにも記しておりますが、熱心なサッカーファンでもないのですが、ワールド

カップだけは海外からの中継を見物しておりまして、その初回はアルゼンチンで開

催された時でした。1978年のことでありまして、この時がワールドカップ

生中継の最初ではなかったかな。アルゼンチンの人が、国内開催で盛り上がってい

るのを目にして、サッカーワールドカップは特別なのだなと思いました。

 その当時は、日本のサッカーはマイナースポーツでしたし、メキシコオリンピック

でメダルをとったといっても、ワールドカップ本大会ははるかに遠い存在でありま

したね。

 1993年にはカタールのドーハで最終予選の最後の試合に臨んだときも夜に

中学生となった息子と見物をしておりましたが、あれはアメリカ大会予選でありま

してTVの中継アナウンサーがゴールデンブリッジが見えてきましたとコメントして

まもなくロスタイムに点を入れられて、予選を勝ち抜くことができなかったので

ありますね。

 1993年当時、海外のクラブでプレーをしている選手は皆無でありましたが、

現在は主力のほとんどは海外クラブでプレーをしているのですから、世界で戦うた

めには海外にでていかなくてはという流れは、サッカー選手が切り開いたものです

ね。

 サッカーは特にナショナリズムを刺激するものでありまして、そのあたりはほど

ほどにしなくてはと思うのでありますよ。

 これからの一ヶ月は頭を熱くしないようにしてサッカーの試合を楽しむことにい

たしましょう。

 ということで、本日は本も読まずにサッカー話題となりました。

写真は大きいが文字は小さい

 そういえば図書館から借りている本に、次のものがありましたです。

 鹿島茂さんの「稀書探訪」平凡社でありまして、これは全日空の機内誌「翼の

王国」に連載したものをまとめたものなのだそうです。思いのほか連載が続いて

144回になったとあります。

 当方はほとんどLCCしか利用しませんので、この連載が掲載された「翼の王国

を手にしたことはありません。そういうことからは、このようにまとまって書籍

になったのは歓迎でありますね。

 巻頭に「はじめに」という文章が掲載されているのですが、これがえらく文字

が小さくて、ほとんど読まんでもいいよといわんばかりであります。

 研究のためにということで「19世紀パリに関する資料」を集め始めたのが40年

ほど前で、その沼にはまってしまい、とんでもない借金を抱えて、その返済のため

にせっせと文章を書いて、自己破産を逃れることができたというのは、「子ども

より本が大事と思いたい」などに書かれている話であります。

 すこし借金も減って落ち着きを見せてきたときに、この連載を引き受けて、また

また稀書を購入せざるを得なくなったというのが、今回の本の背景でありますね

 それにしてもより良いコレクションを作るのは、ほんとにひどく大変なことで

ありまして、親の遺産で遊んで暮らすことのできない人は、コレクターになろうと

しないほうがよろしいですね。

 この「稀書探訪」は、収集した本を見てもらおうというのが趣旨ですので、本の

写真は大きく、鹿島さんのコメントは小さな文字であります。読まんで見て楽しん

でというありがたい本であります。

明日は返しに行こう

 図書館から借りている本の返却期限をまたまた守ることができなかった。

週末に入って、休館日を挟んだものだから、これ幸いとばかりに、あわてて借り

ていた本のページをめくることになりだ。 

 こういうのは読書とは言わないよなと思いながらも、どうやら次に借りる人が

待機しているらしいので、なんとしても最後のページまではたどりつかなくては

です。とにかくページの文字を追うだけでありまして、ほとんど頭には残らない

のでありますが、そのうちにまた借り出して、読み返すことができればいいのに

と思うことです。そういう時間を持つことができるでしょうかね。

 ということで、休み明けの図書館に、朝一番で行って本を返しにいきましょう

です。

 一度に何冊も借りていながら、やっとこさ一冊読むことができるかどうかという

体たらくでありまして、これはいかんことと、すこし反省。本を読むこと以外で、

自分に課していることはそこそここなしているのだけどもと、これは言い訳か。

 そういえば、ぐんま様にすすめられて購入した鷲巣力さんの「書く力」もまるで

手にできていない。これは近々に予定されている旅に持参しようかしらんです。

(本日に鷲巣さんのあとがきを見たら、加藤周一さんの著作権継承者のお名前が

記してありました。そうか、この方が継承されたのかと思いましたです。)

本日は冬支度

 例年この時期には庭じまいというか冬支度を行うことになりです。

 枯れてしまった宿根草を切ってしまい、すこし大きくなりすぎた株などを

スコップで削ってコンパクトにすることにです。花菖蒲とかフウチソウという

のは株を小さくするのが大変でありまして、スコップを手に格闘することに

なりました。

 そうした作業がおわりましたら、腐葉土と米ぬか、お馬の堆肥、くん炭を

混ぜた寒肥を施すことになりです。本日はまずはバラへの対応が中心であり

ましたが、地植えと鉢をあわせるとそこそこの数となることから、それなりに

腐葉土も使うことになりです。

 それが終われば、やっと風よけのためにビニールの肥料袋などで覆いをする

ことになりです。背丈以上になったものは、覆いはしないのですが、挿し木か

ら育てた小さなバラや、鉢植えのバラは一通り風よけをしました。

 来年の春になったら、どのようなことになるでしょうね。今年は寒さのため

か春に新芽がでずにだめになったものが、いくつかあったのですが、ちょっと

心配なものもありまして、それは室内で冬越しとなるのかな。

 作業を行っていた日中の気温は10度を超えておりまして、休憩もせずに6時

間近くも体を動かしておりましたら、どっと汗をかくこととなりました。

 くたびれて家に入ってからは横になって、近くにあった文庫本を手にして開い

ておりました。堀内誠一さんの「ここに住みたい」であります。中公文庫9月の

新刊ですが、イラストたっぷりで大人の絵本のような感じ。

 本日に読んでみたのは「ボージョレ・ヌーヴォー解禁の日」という文章です。

この文章の初出は1986年11月だそうです。

 今でこそ、近くのスーパーでもボージョレ・ヌーヴォーは売出しがあるのです

が、1986年頃はほとんど知られていなかったのではないかな。折からのバブル

景気で日本のワイン取引業者が、世界で一番早くにボージョレ・ヌーヴォー

飲むことができるを売りに、空輸したように思います。飛行機で日本についた

ワインが、当時話題になりましたからね。

 堀内さんが書くところによりますと1986年は11月20日(やはり木曜日)が解禁

日で、この日は国民的祝日とのことです。

 当方は下戸なのでボージョレに限らず、ワイン全般に縁がありません。ワイン

を使うのは料理のためか、りんごを煮るときくらいでありまして、いつも安価

なワインで済ませています。

 

読まずに死ねるか

 本日の新聞読書欄には、「つんどく本を開く」というのコラムがありました。

 つんどく本というのは、当方の得意分野でありまして、この話題に関してであれ

ば、当方にも「読まずに死ねない」といいたい本があることです。

 本日にこのコラムに登場したのは菅啓次郎さんでありまして、菅さんがあげてい

る堂々のつんどく本は、ダンテ「神曲」、フレイザー金枝篇」、ラス・カサスの

「インディアス史」でありました。

 特に「インディアス史」全7巻については「骨は折れるがこればかりはいつか必

ず通読したい。」とありました。

 その昔でありましたら、岩波文庫で冊数の多い小説などを面白がって購入したも

のでありますが、そのほとんどは、よみやすい赤帯のエンタテインメント系の小説

でしたので、そこそこ読んでいるのですね。

 これまでのところ岩波文庫で最大のつんどくはプルーストの長編小説ですが、こ

れは後期高齢者となる前には読んでしまおうということで、現在進行形で読んでお

ります。もっとスピードをあげなくては後期高齢者に突入しそうでありますが、た

ぶん時間はかかりますが、最後のページにたどりつくことでしょう。

 以前に岩波文庫では全巻箱入りセット販売していたことがありまして(いまも

やっているのかもしれません)、そうしたもので買ったのが「南総里見八犬伝」で

ありました。

 子ども向けにリライトされた小説を読んでいたり、TV人形劇で見ていたりで、

大筋はわかるような気がして、馬琴小説に挑戦でありましたが、たしか三巻目の

途中くらいで、投げたままとなっているはずです。読みかけの三巻目はどこかに

まぎれて箱には入っていないのでありますが、どこかのタイミングで読んでしま

いたいものです。

 あと買ってもいないのですが、読まずに死ねないと思っているのはトルストイ 

の「戦争と平和」でありますね。日本の作家が書いた「戦争と平和」といわれる

大長編作品は読んでいるのですが、肝心のご本家のものは、入手すらしておりま

せん。

 それこそ、この時代でありますからして(ウクライナ侵攻のことではなくて)、

その昔にでていた世界文学全集にはいっている「戦争と平和」でありましたら、

ただみたいな値段で入手が可能となっています。

 ということで、現時点での「読まずに死ねるか」本は、「南総里見八犬伝」と

戦争と平和」ということになりそうです。

 

週末の楽しみは

 図書館から借りてているものや、つまみ読みしている文庫本などのページを

めくりながら、週末を過ごすことにいたします。

 一番に読んでしまわなくてはならないのは多和田葉子さんの「太陽諸島」で

ありますが、はしやすめとして皆川博子さんの「随筆精華」と佐藤正午さんの

「書くインタビュー5」を手にすることになりです。

 「書くインタビュー」はいつの間にか5巻目にはいっていました。過去のもの

は読むことはできていないのですが、遅れながらも購入をしておりました。

買って、そのままなんてことにもなっているのですが、この5巻目は新刊ですぐ

に求め、旅行に持参して読んでおりました。

 いつのまにかインタビュワーの東野さんがお休みとなって、編集部オオキさん

に変わっていました。どちらにしてもマニアックな正午派の世界の話であります

が、これを読むことで、すこしは正午さんの小説も読むようにしなくてはいけな

いなと思うことで。(当方は、正午さんの小説はいくつも読んでいないからな。)

 そういえば、岩波現代文庫で「小説家の四季」が刊行されるということであり

ました。新編集であるとかで、これは気になることで。

 つまみ読みにもってこいと思われるのが、皆川博子さんの「随筆精華」であり

ますね。

 当方は皆川さんについては知るところがなかったのでありますが、どうやらこ

れまでエッセイなどをまとめた本は出していなかったようであります。

皆川さんの作品世界をこよなく愛する日下三蔵さんによる労作であります。

皆川さんと日下さんは、ちょうど親子ほどの年齢差でありますが、当方などが

皆川さんの世界に触れることになったのは、日下さんのおかげでありまして、この

ような編集者さんがいるというのは、ほんとにありがたいことです。

 皆川さんの短いエッセイを読んでいますが、この世代の女性としては、極めて

進んだ人でありまして、このような人が書き残したものは貴重であります。

 たとえば、父上が霊媒を使っての心霊実験に熱心であった頃の話であります。

父上はお医者さんでありまして、いかがわしい人ではないのですが。

「父は私には霊媒の素質があると信じ込み、訓練を始めた。進学はできたが、私は

霊媒になるべきであるという父の信念はゆるがず、思い出すのも嫌な、それこそ地

獄めいた日々が始まる。おかげで、人間の心の闇は垣間見た。もちろん私に超能力

など、かけらもないと言い添えておく。」

 皆川さんは、極めて早熟な読書生活を送っているとありましたので、そのような

娘に特殊な才能を見出したのですね。

 最近は宗教二世が話題になっていますが、このような思い出すのも嫌なという

経験を書き残してくれていたとはです。

読めもしないのに借りて

 読めもしないのに借りてと記しましょうと変換をかけましたら、嫁もいないの

にとなりそうでありました。嫁もいないのに借りて違和感ありというのは、何で

ありましょう。最近は、嫁なんて呼び方はしなくなっているのでありますが、そ

れはおいておくとして、嫁という呼称が普通であった時代でありましたら、高枕

なんてどうでしょうね。その昔の既婚の女性は日本髪を結っていましたので、高

枕は必需品でありましたから。

 ということで、すこしでも読めたらいいなと思いながら新たに借りたのは、次

のものでありました。

 皆川博子さんの随筆選の三冊目となります。日下三蔵さんの編集であります。

日下三蔵さんによる皆川博子随筆選も図書館のおかげで手にすることができまし

た。

 とにかく何度も書きますが、当方はこの随筆選を手にするまで皆川博子さんの

ことをまったく知らなかったのでありますね。大ベテランで1986年には直木賞

2015年には文化功労者となっているのにでありますよ。

 直木賞を受けたのが皆川さんの作品のなかでは傍流のようにも思える和物で

あったことも、当方との接点をなくしてしまったのかもしれません。

 じっくりと読むことはできないかもしれないので、まずはパラパラと気になる

話題はないかとチェックすることにです。あちこちに興味深い話がでているので

すが、本日は、次のところを引用です。

「幼いころから小説に耽読してきたが、作家を志したことはなかった。四十をす

ぎて、突然、堰をきったように書きはじめたけれど、それとて、書きたくなった

から書いただけだ。」

 皆川博子さんは1930年お生まれでありますので、四十をすぎてということは

1970年代のことですね。すでに結婚もされていたようですが、作風が世帯じみて

いないこともあって、主婦作家なんて呼ばれることはなかったことです。そうし

て有名になりましたら、当方のアンテナにもかかったかもしれませんが、当方の

苦手なミステリ分野が主戦場でありましたので、これも縁がなかった理由であり

ましょう。 

 デビューが遅かったのですが、それからは多作でありまして、読むのが遅い

当方は皆川博子さんの作品のうちごくわずかしか読めずに終わりそうであります。

 検索していましたら、皆川博子さんは今年の「毎日芸術賞」を受けていました

です。対象となったのは、次の作品でした。