世間の人 10

 林達夫著作集の「研究ノート」に福田定良さんが文章を寄せているのは、法政大学
つながりと書きました。林達夫さんは、短い期間ではありますが、法政大学で教鞭を
とっていまして、その時に福田定良さんが学生として在籍していました。
 法政大学の哲学教授として一番ながくつとめられたのは、どうも谷川徹三さんで
あるようです。戦前に教授であった三木清、そして林達夫さんは、法政大学の前に
京都帝国大学の哲学科で学んでいます。林達夫さんの「三木清の思い出」には、京都
での三木清の片思いの逸話が紹介されていますが、三木清の片思いの相手の女性は、
谷川徹三さんの奥様となった方とのことです。
 この時期の法政大学哲学科というのは、なかなか贅沢な教師陣であったようです。
 福田定良さんの「研究ノート」に寄せた文章は、「身にあまる不仕合わせについて」
というタイトルです。鬼海さんの先生の著作が見つかりませんので、この文章を見て
みることにします。
 福田定良さんの文章「身にあまる不仕合わせについて」からの引用です。
「私が法政大学の哲学科に入ったのは哲学の勉強をしたかったからではなかった。
創作の才能がないことを自覚しかけていた文学青年はおだて上手の予科の教師の口車
にうっかりと乗っかってしまったのである。法政大学哲学科には三木清がいると彼は
いった。だが、私は三木清が何ものであるかも知らなかった。
 哲学科に入ったとき、三木清はそこにはいなかった。
東京の下町の寺で育った私には西洋哲学なるものを講ずる谷川徹三林達夫佐藤信衛、
和辻哲郎、金子武蔵といった諸先生は、彼らによって知った哲学書よりも興味深い存在
になった。私は心ひそかに、諸先生はほんとうに哲学というものが面白くて勉強してい
るのだろうかとおもった。」
 このように率直に書くのが、福田さんの流儀でありましょうか。