馬淵美意子のすべて 5

 「馬淵美意子のすべて」に話題がいったのは、その装本がすばらしいからでありまし
た。亡くなった奥様のために本の装丁も行っていた画家のご主人が追悼の意をこめて
つくられたものでありますから、その出来映えは格別であります。
 刊行日は1971年3月16日となっていますが、これは奥様が亡くなってから最初のお誕
生日でありました。限定千部で、定価は5千円とあります。
 先日も引用しましたが、この刊行は「故人に対して今の私に出来るたった一つの贈物
であり、これ迄の私自身の非力への償ひ」であります。
 この本は段ボール箱で出来たダストカバーにはいっていますが、これからとりだしま
すと、次のような「帙箱」となります。

 真ん中に赤い題せんがはられていて、それに「馬淵美意子のすべて」とあるのですが、
名前は馬淵美意子さんの自筆のものを採用し、それにご主人である庫田叕さんが「のす
べて」という文字をたしています。

 箱をあけますとなかから本体の表紙が見えてきます。本のタイトルは背表紙に金で
押されていますが、これは帙箱にあるのと同じ筆跡となります。
 表紙には、馬淵さんが好んでいた和服から切り取られた生地が貼られています。
 この生地はなんというものなのでしょう。
 巻頭には、ご主人による馬淵さんの肖像画があります。

 本文はこのような感じです。

 そしてこの本の最後のページであります。

 この本の編者でもある草野心平さんが、次のように書いています。
「 早いもんだなあ。もう十二月です。おとといの晩、叕君と求龍堂の橋浦さんとボクと
で『馬淵美意子のすべて』の最後の打合せをしました。一ト月たたないうちにもう来年、
すると間もなくあなたの一周忌がちかづきます。その前に『馬淵美意子のすべて』が世に
でることになります。
 『馬淵美意子のすべて』の最後はグラスを持って立っているあなたの写真になる筈で
す。
庫田叕の還暦のお祝いのときの、あの写真です。その時はお祝いのグラスですが、いまに
なってみると、時間や空間、そして人間世界に対して持っているグラスみたいに、この
透明でつめたい玻璃製の小さなうつわは、苦い愛しい何かの象徴のように思われてなりま
せん。私たちが知り合った頃の、あなたの言わば中年を、私は秘かにグレタガルボという
綽名で読んでいましたが、あなたがまだ健康だった最晩年のこの写真を、あなたの全生涯
を通じての一番美しい写真だとボクは思います。これはほんとうに美しい。それをつくっ
たのは他でもないあなた自身です。それは夢との闘いのはてに生まれたものです。」
 草野心平さんによる文章は、馬淵さんにあてられた手紙の形式をとっています。草野さ
んは、馬淵さんよりも7歳ほど年下であるようですが、馬淵さんは相当に魅力的な女性で
あったのですね。