幸運な医者 7

 「幸運な医者」は松田道雄さんの遺著となったものですが、その前の著作のタイトル
は「安楽に死にたい」というものでありました。
 「幸運な医者」におさめられている、自らの奥さんをおくったときのあいさつには、
次のようにあります。
「昨年でしたか、私が、『最高齢になったらもうお医者にかかるよりは、心のこもった
介護を受けるほうがいいんだ、もうお医者はごめんだ』ということを本に書いて出しま
した。」
 これは「安楽に死にたい」という本のことであります。松田道雄さんは、晩年近くに
なって現代の医療の方向に強い疑念を抱くにいたりました。
「病気になっても入院して若い医者に指図されたくない。大脳皮質の機能停止を死と
思っている私と、全脳の機能停止を死とし、それまで脳幹の生きているかぎり治療を
やめない彼らと見解がちがうのだがらうまくいくはずがない。」
 死が身近になったときに、自分はどういう具合に死んで行きたいかということを
はっきりと意識している人には、その意志を尊重してもらいたいというのが、松田道雄
さんの主張でありまして、松田さんは、「楽に死なせてほしい」ということを思って
いるのであります。
 松田道雄さんの奥さんは、そうした「楽に死なせる」ことを実現する施設でおくる
ことができたとあります。
 本野亨一さんについても、ちょっと違った視点から書かれていました。
「終わりの一年ほど、それまで禁煙していた彼が食後にたばこを吸うのをみた。
私はそれをみてやめなさいとはいわなかった。私は彼と友人としてつきあったので、
医者としてではなかった。」
 医者であるとしたら、たばこが健康に害のあることは否定できないが、たばこを
止めることによって楽しみを一つ失うとすれば、そこまでして長く生きることに
なんの意味があるのかということかもしれません。