ノアの本 7

 大槻鉄男さんは、「餅搗きなどに興味はなかったが、古い木の臼は、ぜひ
欲しいものだと思った。」と書いています。餅搗きなどに興味はないと
いいながら「古い木の臼」は、とくに「山形県月山の古臼となれば、ぜひ
手に入れたい。」というのですから、よくわからないことです。
 自分では「がらくた趣味」といっていますので、ただただ、古い道具に
関心があったのでしょう。
 最近は、臼と杵をつかって自宅で餅をつくなんてことはなくなっている
でしょう。幼稚園とかこども会などの行事では、餅搗き体験などがありま
すが、これも餅を搗くところだけを切りとってみせていまして、それまでに
どのような準備をしているのかはわかっていませんでしょう。
 家庭用の餅搗き機というのが売られていますが、これは餅搗きというより
ももちこね機械というようなものです。
 大槻さんは、「私のところではこれまで餅搗きしたことがない。」と書い
てから、次のように続けます。
「 せいろうがなく、大がまがない。丸めた餅を並べる箱がない。米の粉
 をいれて餅を丸める大盆ーこれだけがある。」
 ひと臼の餅を搗くためには、前日から餅米をうるかして、当日はせいろう
でこれを蒸して、蒸し上がった米を臼にいれ、杵でこねてから搗くという
段取りとなるのですが、この作業で一番たいへんなのは、杵でこねるところ
でありましょう。
 大槻家で開催される餅搗きに参加する方々のメンバーには、この作業に
熟練しているひとがいるとは思えませんが、この結果はどうであったので
しょうか。
 大槻さんの文章は、次のように終ります。
「12月27日、夜、一斗三升の米を水につけた。バケツひとつ、洗い桶ひとつ、
ボールひとつ、蒸しなべひとつ、当日使うごはんがま、それだけにつけた。
当日はまず、このごはんがまの米をせいろうに移して、あいたごはんがまで
湯をわかして、それにせいろうをのせればいいわけだろう。
 つけおわって、しばらく水中の米を見つめた。二階へあがり、この原稿を
書く。うまく搗けるかどうか、わからぬうちに書いておくのが智恵だろう。」