おじいさんはしば刈りを

 「おじいさんはしば刈りを」と記しますと、山にでも行ったのかと思ってしまいます
が、もちろんこの場合のしばは、芝でありまして柴ではないのです。
それにしても柴と芝は、音が同じで、どちらにしても意味は通じるのですが、最近は
しば刈りといって、柴刈りを思い浮かべる人はいないでしょう。
 当方が60年近くも前に村の小学生であった頃は、秋になったら学校林へと焚きつけと
なる雑木を集めにいったものです。今でもあの学校林という制度があるのかどうかは
わかりませんが、あれは学校の冬の暖房に益するものであったのでしょう。(もちろん
主たる熱源は石炭でありましたが、それを燃やすのにたき付けが必要でした。一学年
一クラスですから、始業前に学校の用務員さんが火をつけてまわるのも、そんなに大変
ではありません。)
 最近で柴刈りを見たのはTV番組のなかでありまして、サバイバル登山の服部さんが
シベリアツンドラかで、火をおこすための雑木を集めて歩く様子が映し出されていまし
た。暖をとって、収穫した魚や動物などを加熱(調理?)するための大事なエネルギー
ですが、人は火を使うようになってから、ずっと雑木を集めて火をおこしてきたという
のに、最近はしば刈りと耳にしますと、芝刈りを思い浮かべるようになっていて、これ
は残念なこと。
 芝と柴が世界的に共通語であったとしたら、しば刈りと耳にして、それは山へといっ
てたき付けとなる雑木を集めにいくことだと理解するひとと、庭で芝刈りをすることだ
と思うひとは、どんな割合になっているでしょうね。
 本日は庭の芝刈りをしていたのですが、今年はこのところ天候不順なせいもありまし
て、芝の生育が悪いようです。例年でしたら、6月に入りますと雑草取りに忙しい思い
をするのですが、これもそのわりでなしで、今年の農作物は大丈夫でしょうか。
 W杯サッカーの中継を見ていまして、サッカーフィールドの芝生があまりにも美しい
ので、思わずどのような芝の管理をしているのだろうかと思ってしまいました。