旅の空から 3

 この旅行期間中の関西は、お天気はまずまずでありましたが、思いのほか風が冷たく
て、北国からの旅行者を震え上がらせました。なんともはや北国の人間としては、情け
ない話でありますが、こちらは寒いところに住んでいるといっても、室内にいれば、
ストーブで暖をとりますし、外にでるときは、しっかりと身繕いしていきますので、
寒くともへこたれません。
 関西というだけで、暖かいと思ってしまうために、寒さががまんできなくなってし
まいます。関西の人やアジアからの旅行者の人は、つくづく寒さに強いことだと感心
してしまいました。
 旅行中には持参した長谷川四郎集から「阿久正の話」を読んでいました。
「一部屋しかない彼の家の中には、どこをみても一冊の本も見当たらなかった。
きみがもし書斎人とよばれる人種ならば、そこに一種の爽快味を感じたであろうほど
に、さばさばとしたものだった。今をときめく週刊誌であれ、ベストセラーであれ、
およそ本と名のつくものは一冊も見あたらないのである。・・・・・
 ところで、このごろりと横たわっている阿久正が一冊の書物をもっていないからと
いって、彼には文学趣味が欠けていると断ずるのは早計なようである。書かれたもの
だけが文学じゃない。柳田国男先生の該博なる領域に属する口頭文学というのもある。
阿久正は若年とはいえ、その伝承者の一人である。」
 「阿久正の話」からこうしたくだりを引用しますと、この小説は、物語伝承者の
日々の生活を記した話であると思われそうですが、まったくそういうことはなくって、
不思議にシュールであります。