side B 5

 能島廉さんの場合は、その作品世界よりも人間としての破格さに興味がいってしまい
ます。今回の「en-taxi」付録「競輪必勝法」に収録の作品を読んで、阪田寛夫さん
作成による年譜を拝見しますと、この方は私小説作家なのかと思いましたです。
 佐藤正午さんの言い方を借りると「行きどまりまで行ってさらに壁を乗り越えた人」
であり、三浦朱門さんにいわせると「知力と体力にめぐまれていた。しかしまた、
それと同時に傷つきやすいデリケートな心を持っていた。この対立」を克服すること
ができなかった人であります。その人物としての破格さが、まとまった作品を残す
ことを彼に許さなかったといえるでしょうか。
 それでも、一作でも残すことができて良かったといえるでしょう。
「孤独のたたかい」の解説で、編集の八木岡英治さんが、能島廉さんの「競輪必勝法」
をとりあげています。
「『競輪必勝法』という巧みな小説の巧みさの素性について疑うものは、そのスタイル
について考えてもらいたい。容赦なく切りすててゆく筆さばき、それは技巧に似ている
が、もっと深く、彼の小説を立たせている哀しみのようなものに通じている。女が特に
哀しい。作者と地下水を通じている哀しみである。不用意に読み出しも必ず捉まって
しまうのはこのためである。感傷とは逆のものだ。井伏・坂口に私淑したとあとで彼の
友人たちから聞いて私はおかしかった。あんまり話が合いすぎる。一見放胆らしく
見える表現にこめられた繊細の美は、ほとんど堪えがたいまでである。この原稿が同人
間に廻されている間に彼は出発してしまったから、これは遺作ということになる。・・
しかし、この作家は不思議な二重構造をもっていて、みずから才能の素性をくらます
ようなところがあったかもしれない。」
 八木岡さんは、「女が特に哀しい」といっています。阪田寛夫さんが書いた年譜に
登場する女性についてのところを引用です。
「 22歳 このころ下宿先の主婦F子さん(十数年上)と杉並で同棲した。F子は偶然
     三浦朱門の古い友人であり、三浦は二人のために心配して奔走した。
  26歳 この年までの4年間に三浦の影響を強く受けながら劣等感を素材とした、苦い
     ユーモアのある短編を11篇発表した。
     またこの年、すでに別れていたF子さんが能島の下宿で急死した。
  28歳 作家志望のG子さんと中野に同棲
  32歳 G子との同棲生活が終わった。かばい合い苦しめあった揚句二人とも精根を
     使い果たして二月に別れた。」
「競馬必勝法」が書かれたのは、このG子さんと別れたあととのことで、作品に登場する
女性のモデルはG子さんなのでしょう。