文学全集と人事 8

 筑摩「現代日本文學大系」が充実しているのは、「現代詩集」「現代歌集」「現代
句集」が各一冊になっているほか、「文藝評論集」「現代評論集」に一冊がさかれて
いるところでしょう。文藝評論集に関しては、それより前にでていた「現代日本文学
全集」では3巻構成となっていますので、それとくらべると見劣りしますが、「現代
評論」というくくりでいれているのは目新しいのではないでしょうか。
 この内容見本には、丸山真男のもののほか、次のような評論が収録されていると
ありました。
 丸山真男  肉体文学から肉体政治まで
 貝塚茂樹  日本及び日本人
 石田英一郎 日本的人間関係の構造
 吉川幸次郎 杜甫の詩論と詩
 吉本隆明  自立の思想的拠点
 渡辺一夫  エラスムスについて
  林達夫   反語的精神
 朝永真一郎 鏡の中の世界
 宮本常一  忘れられた日本人
 鶴見俊輔  日本思想の可能性
 吉田秀和  ソロモンの歌

 この「現代評論集」97巻は、最後の方の配刊でしょうか。73年とありますので、
これで見る限りは、ほとんど予定とおりのようにも見えますが、どうでしょう。
 68年当時のことでありますから、吉田秀和さんのものを選んでいるのは、さすが
という感じですが、この「ソロモンの歌」というエッセイの初出が筑摩書房
「展望」66年2月号であるということも影響しているでしょうか。 
 朝日文庫版「ソロモンの歌」の解説は、篠田一士さんでありますが、篠田さんの
書き出しは、次のようになっています。
「 このエッセイ集の元版がはじめて一本にまとめられ、河出書房から刊行された
のは1970年の秋、つまりちょうど16年まえのことである。このとき、エッセイスト
としての吉田秀和の存在は、ようやく多くの読者に知られ、またそのなかには熱狂
的なファンもいて、その後は、作者の筆もますます冴え、読者の数もふえる一方、 
いまや、日本のエッセイ文学を語る場合、吉田氏の文業が、その輝しい成果であり、
また、確たる証であることは、まずは衆目の一致するところだろう。その意味で、
このエッセイ集は記念すべき作品だといっていい。」
 「ソロモンの歌」というエッセイは、子供のころに親しんだ相撲を、大人に
なってから「再発見」し、それを通じて文明批評をするというものですが、
この文庫のための吉田さんのあとがきは、この時期だけあって、「ソロモンの歌」
にふさわしいものであるように思います。
「私はかって河出書房から同じ題の単行本を出版した。・・これは当時河出書房
にいた大西祥治さんと田辺園子さんが、その時までに私が書いたもののなかから、
『音楽以外のもの』をまとめて一冊にしようという企画から出発したものだった。
・・・ こんなわけで、大西さんの初志にそったものが、今度こそ、出来上がった
わけだ。ただし、大西さんは、この間になくなられた。ある年の大相撲名古屋場
所千秋楽の直前、梅雨あけ前後の堪え難く蒸し暑い時期だった。大西さんは早く
から、私の書いた相撲の話しがおもしろいといって、当時救いがたい相撲気違い
だった私を喜ばせてくれた人であった。今はその病気から完全に解放された私だ
が、名古屋場所が終わるころになると、自然と、大西さんのことが思い出されて
くる。」

ソロモンの歌・一本の木 (講談社文芸文庫)

ソロモンの歌・一本の木 (講談社文芸文庫)