文学全集と人事 7

 文学全集と人事というと、現存する作家をどのように扱うかというところが一番
の腕の見せどころでしょう。一人一冊というのと異なり、折り合いのよろしくない
人を一冊に同居させるというのは、交渉力も必要でありましょう。
大岡昇平三島由紀夫」があわせて一冊なんてのは、それからあとの文学全集で
は、考えることができないことです。同様に「井上靖永井龍男」というのも、
いまではあり得ないですね。
 こうして見ると、文学全集の編集というのは、とても時代の評価等を反映すると
いうことでしょうか。
 筑摩書房現代日本文學大系」97巻の内容見本には、井上靖金子光晴曽野綾子
松田道雄三島由紀夫山本健吉伊藤整が推薦文をよせていますが、どの一人も
単独で一冊をあてられていないので、フェアといえるようです。
内容見本の冒頭に置かれたのは井上靖の推薦文でありますが、これは次のような
ものです。
「戦後、文学全集はかぞえきれぬほど沢山出ており、それぞれ特色を持っているが、
筑摩書房の『現代日本文学全集』と『現代文学大系』の二つが、時代の好尚や流行を
全く廃して、正統的な日本文学の経費を打ち樹てたことについては、今更改めて
言う必要はあるまい。こんどこの二つの全集をさらに総合・発展せしめ、現時点での
望みうる最高の全集とも言うべき、『現代日本文學大系』を新しく発刊するという。
戦後二十余年を経過したいま、これは当然筑摩書房が、その責任において為さなけれ
ばならぬことであろう。いま新全集九十七巻の内容を見て、明治から百年、日本文学
の系譜の大きい樹枝状の拡がりに今更の如く感慨を覚えると共に、それが筑摩一流の
見識によって支えられていることを見事だと思った。」
 68年当時、井上靖の地位はどのくらいであったかと思いますが、推薦文をもらって
も、それはそれで、一巻を割り当てなかったのが、筑摩書房一流の「見識」という
ことになるのでしょうか。