小さなことば

 田中克彦さんは、もともとはモンゴル語研究からスタートした言語学者でありますが、
その活動のフィールドは多岐にわたります。最初に手にしたのは、モンゴルものとなる
「草原の革命家たち」でありましたが、一時期、小生が文壇天皇とやゆする丸谷才一さん
に論戦をしかけていました。その論戦が、どのようなことになったのか覚えてはおりませ
んが、丸谷才一さんには、そうかなと思いながらも、誰も異をとなえないときに、
田中さんが代表して異議申し立てをしたようなかたちでありました。
 81年に発表した「日本語の現状況」という文章には、次のようにあります。
「 丸谷さんの方言への不快を、『図書』の対談で大野さんが問いただしている。
たとえ仲のよい間柄であっても、大野さんはりっぱな言語学者だから、丸谷さんの
無知には閉口したのだろう。しかし、丸谷さんは『ちゃんとした標準語でしゃべる。』
ことが必要だろうとくりかえすだけで説明になっていない。
 説明とは、趣味をただ繰り返して言い張ることではないからである。」
 この時代に、丸谷さんに対して「無知」という人はいなかったはずで、それだけでも
拍手喝采であったのです。