世界文学「食」紀行

 「世界文学『食』紀行」は、講談社文芸文庫からでた篠田一士さんの著作であり
ますが、これは、もとは「朝日新聞社刊行の「週刊朝日百科」「世界の食べもの」
(80年12月から83年8月)に140回にわたって書きつづけた、私註つきの
口腹詩文のアンソロジーを一本にまとめたもの」とあります。最初にまとまったのは、
83年9月25日刊行となっています。
 この本は、篠田さんのものとしては珍しく文庫本となり、昭和61年(86年)
11月朝日文庫にはいっています。この時には、改題されて「グルメのための文藝
読本」というタイトルになりました。この文庫のあとがきには、次のようにあります。
「 あらためて言うべきことはなにもない。日頃しかつめらしい文章ばかり書いている
 ぼくの本のなかでは、多少ともなじみやすい、楽しいものかと思うが、それに
しても、一般の食味本のなかでは、やはり、しかつめらしい部類ということになるの
かもしれない。」
 今回の文芸文庫には、丸谷才一さんが解説をよせているようですが、この朝日
文庫には、映画評論家で、ご自身も食通としてきこえた「荻昌弘」さんが解説を
よせていました。
「篠田氏が『食』という領域に関して、ご自身もきわめて健啖な美食家、グルマン
ディーズであるのみならず、ブッキッシュである点にかけても、舌をまく『食」書誌
学者であることは、つとに私の頭には入っていた。氏のあの巨体は、いわば肉体的にも
精神的にも、『食』の成果、いや精華である、といった威圧感を私に与えてやまな
かったのである。氏は一時期、百キロにあまった体重から、三十数キロを削るという
大減量に成功され、『どうだ、背中から、浅丘ルリ子をひとり、振り下ろした!』と
言い放った。私には美貌の大スターを払いのけたそのあとでさえ、やはり氏の巨体は、
『食』の精華としか見えなかった。」
 篠田さんは、この本のなかでさまざまな食べものについて記していますが、一番庶民
的なものは、「山川均」の「からす」という作品に登場するものでありますが、書き
出しは以下のようになります。
「 安いだけが取り柄の今時の牛丼とちがって、昔の牛めしは、安いだけでなく、味が
よかった。いうまでもなく、牛めしはカツ丼とならんで、近代日本が発明した、和洋
折衷の独創的な食べもののひとつである。
 山川均(1880〜1958)のエッセー集「からす」に収められた「牛めし」と
題する文章の書き出しに、こうある。」
 横文字の料理については、食べた事がないものがたくさんありますが、牛めし
さすがになじみで、これは親しめることです。