富士さんとわたし7

 富士正晴さんは、年齢50才のときに「これまでの人生の半分以上を同人雑誌と
つきあっているわけである。」と書いています。(「VIKING号航海記」 )
これは64年に発表された文章のなかにあるものですが、この年は東京オリンピック
開催されたことで記憶されているのです。
 この文章は、次のように続いています。
「 文壇に出るということだけに限ってみれば同人雑誌は必ずしも必要でない時代に
なっている。各種の文学賞が今の日本にはたくさんあり、小説の懸賞募集もたくさん
ある。出版社方面は新人の発掘に必死となっている。もちろん、各地の同人雑誌にも
注意を払い集まってきた同人雑誌を読む役目の人をやとってさえいる。だから、
そのような人たちの目にはいるチャンスのある場所として同人雑誌が存在しても別に
おかしいことはない。今度の芥川賞田辺聖子という人は、いくつかの同人雑誌の
同人である。
 同人雑誌を何年か続けていると、毎年6月、12月に同人雑誌の数が急に多くなると
いう現象があるような気がしてくる。・・・
 けれど、文壇への階段としてのみ同人雑誌を見ることはわたしにはできない。同人
雑誌読みとしてのわたしのいささかの楽しみは今の文壇では通用しないかもしれない
不思議な純度をもっている作品を同人雑誌のなかに読み当てることなのだ。・・
 このごろうれしいことは同人雑誌が文壇への階段であることを目的とせず、自分
自身の存在を第一目的とするような傾向がふえて来たことだ。あまり眼がチラチラ
よそに走っていない。これは自信というものだろう。よそに認められなくても安定
している。つまり雑誌中の評価を相当信じあっているということである。
このことは少なくとも一種の健康さの象徴であろう。」

 長い引用でありますが、そういえば、数日前に芥川賞直木賞のノミネートが
発表されていましたが、このなかに初出が同人雑誌という作品はどのくらいある
のでしょうか。同人雑誌の全盛時代とくらべると、そうとうに地盤沈下している
ようにも思います。
 富士さんが、このなかで記しているように、「自分自身の存在を第一目的とする
ような傾向」ということになりますと、ネット環境は、そのための絶好のツールで
あるようです。