里見とんという筆名

 変換をかけても容易にでてこない漢字で表記される人名は、ブログでは話題にしにくいと
感じるものです。内田百けんさんも、きちんと表示できないので、ついつい百鬼園と表記して
しまいます。里見とんさんは、ペンネームでありますが、ちょっと見たときは、普通に
ありそうな「とん」という字も、これがめったに見ることがないのです。
「 私が私小説のようなものを書いているという噂が、どこからどう伝わってか、父の知る
ところとなり、『理髪師、幇間同様の道楽商売だ。そんなものになってどうする気か!』と
一喝され、雅号の、筆名のというような洒落っ気など微塵みなく、ただ一図に父兄の目を
くらまさんがための『里見とん』で、不埒きわまる料簡だが、後年、これを知った両親も、
その時には、もうおこらなかった。
 目をつぶって電話帳をぱっと抜き、ペンで突っついてたまたま『里見』なる姓を得た。
 『とん』の字はなんであったか、ちょっと思い出せないが、たしかに辞書をくくって
 探し出した字で、『絵模様ある半弓』とかいしてあり、音は『 とん』であった。
 然るに、いま念のため『字源』と『大漢和字典』とを引いてみたところ、両書ともに
 この字を載せていない。三十年来の偽名に対して、いささか不安を感じる次第である。」
   岩波文庫 里見とん随筆選 「雅号の由来」より

 いうまでもなしで、この「とん」の字は、「弓」と「享」の組み合わせですが、この
文字を用意している印刷会社は、ほとんど里見とんの名前を表記するためだけに所持して
いるのではないでしょうか。